生れ赤子の心

この記事に関連して思い出したことである。
昔、RPG好きの同僚(15歳ほど年下。約20歳下というツッコミは無視する)から言われたことであるが、ファイナルファンタジーⅧのラグナと言う登場人物にすごく似ているといわれたことがある。
自覚は無いのだが、実際にそのゲームをやってみた感覚や私を『なんか可愛い』という現職場の(飲み会での)女子社員たちの証言からみて、他人とは思えないのである。と言うかほとんど被るのである(アホさ加減が)。

実際にそのゲームをやってみたが、私には凄く魅力的な人物に思えるのである。
同類かもしれない。
更には、このゲームの主人公のスコールと言う青年(ラグナの息子らしい)の心の動きは10年ほど前に初めて単身赴任した時の心の動きに近い物だったのでとても身近に感じているのである。

ちなみに、少し前に一緒に仕事をしていた女性社員(ゲーマー)曰く、

一夢庵さん、この人を意識してます?

だそうである。

何か釈然としないものを感じつつ、参考にしている自分がどことなく悲しいのである。
とは言え、『生れ赤子の心』と言うと思い出すのはどうしてもこの人なのである。

逆位置の『名探偵コナン』

今日は、というか今日も設備設計の参考資料作りを遅くまでやっていたのである。
というよりも気が付いたら遅かったのである。
同じ職場にいる女性が話しかけてきて我に返り、エライ時刻であることに気付いたのである。

一夢庵さん、まだしばらくお仕事されるんですか?
良かったら、これどうぞ。


同じ職場の若者が遅くまで残っていたら、時々手持ちのお菓子を手渡して帰ることがあるのだが(飴を配るオバハンと同類である)、今日はいつも頂いてばかりなので、とと言いつつ手渡してくれたのが『ちんすこう』であった。
ちんすこうは大好物である。

あざーす。って、ちんすこうやないですか!
これ、むっちゃ好きなんすよ!


腹減ってたところにちんすこうが出てきてついついテンションが上がり、大阪人丸出しのリアクションをしてしまったのである。
好きなんですか?じゃあ、と言いながらもう一つくれたので、思わず(半ばネタで)『わお』などと言ってしまったのである。
50過ぎのおっさんが、である。
彼女はクスクス笑いながら、

一夢庵さんて、なんかかわいいですね。
一番下の弟(中学生)を思い出しちゃいました。


前職場は常在戦場どころの騒ぎではないほど常に警戒を強いられる環境にあったので、今の職場ではついつい油断してしまうのである。
油断しても中学生はないやろ などというツッコミには聞く耳を持たないのである。
そんなツッコミには、私の耳はエブリデー・ホリデーなのである。
だがしかし、時々思うのである(実はほぼ常にかも知れない)。

齢相応の落ち着きが欲しい

思うだけなのであるが。
この状況を簡潔に言うと『逆位置の名探偵コナン』というべきであろう。

見かけは大人、頭脳は子供。

なのである。

この状況に3年近くいるのだが、周りの人たちには感謝の言葉しかないのである。
感謝しつつ、昔の荒んだ自分には戻るまいと強く思うのである。

足腰が・・・

昨日は北陸某所の地元の一大イベントである『リレーマラソン』というものに参加したのである。
去年も参加したのであるが、今年はかなり気合の入ったメンバー構成であった。楽しみながら記録も狙えたらラッキーという雰囲気であった(一周 2km程度の周回コースをリレー)。
個人的な目標は『無傷で帰ってくること』であった。
去年は序盤で足がつりそうになり、そのまま無理やり走ったので大変痛い目に遭ったのである。
しかも、メンバーの一人が体調を崩したために2回走る羽目になったので悲惨であった。

今年は自分の持ち分の一周だけで許してもらえたのだか、またしても終盤になって足に違和感が走ってしまった。
目標の無傷は達成できなかったが、去年よりも1分以上タイムが縮まったので気を良くしているのである。
気分が良くて笑っているのであるが膝はもっと笑っているのである。
結果は、チーム発足以来最高順位で、史上2回目のサブ3(サブ・スリー;3時間以内に走り切ること)とのことであった。

早くも来年に向けて、トレーニングをしようかと思おうとしているところである。
来年こそはきっと達成したいものである。

目指せ!無傷!

久々の大喜利

思い付きで久々に大喜利を開催してみることにしたのである。

『北欧の師匠』の本に書かれていたことである。

あなたは完全に平等な世界を作る委員会のようなもののメンバーです。その委員会は世界中の膨大な人数の人からなるもので、世界中のすべての人にとって完全に平等な世界を作るための活動をしてきました。
その甲斐あって、完全に平等な世界が実現されることになりました。ただし、それがどんな世界なのかは説明できるようなものではありません(私たちの意識よりもはるかに高い次元のものなので)。
作業の仕上げとして、この平等な世界へ移行することに賛同する人は『青い錠剤』を飲むことになっていて、それを飲むことで一旦死ぬことになりますが、間違いなく平等な世界に転生することになります。苦痛もありません。転生が嘘ではないことが何らかの方法で証明されているという前提です。
ただし、その世界の見かけはこの世界とまったく同じです。いろんな人種もいて、貧富の差があり、富裕層もいれば路上生活者もいます。苛めっ子や虐められっ子もいるかもしれません。それでもその世界は完全に平等ですが、どこのどういう状況に置かれた人物に転生するのかは完全にランダムです。
以上を踏まえて、あなたは『青い錠剤』を飲みますか?飲みませんか?


この問いが今回の大喜利のお題です。
参加される方はメールフォームから『大喜利』という件名のメールにてお答えください。本文には以下のことをお書きください。

・回答:飲むか飲まないかとその理由
・このブログで匿名での公開の可否
・匿名で公開するときのニックネーム:◯◯県◎◎市の××さん(××さんの部分はイニシャルまたは気の利いたニックネーム)

私の独断で、秀逸と感じた回答を出された方には、賞品として『波動鑑定』が1回無料になります。あくまで私の独断なので、その点はご了承願います。
期限は6月20日とします。
なお、ニックネームはイニシャルが推奨ですが、ニックネームが面白い場合は加点要素となるかもしれません(これも私の独断です)。ブログなどのハンドルネームの使用は避けていただくようお願いします

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orz

問題集の申し込みをすっかり忘れてた。
さっき気付いた。

・・・あほだ。

最近頻繁に見る夢

天井も壁も真っ白で明るい部屋にいて、誰か(姿は見えない)から何かを教えられている夢を最近結構な頻度で見るのである。
その誰か(私より少し年長の男性のような感じ)は私に少々熱っぽく語るのである。

手の指の皮膚と爪の間から『それ』は入ってくるんだ。
防ぐ方法は無い。
入られるだけなら何の問題もない。
数日で消えるものだから。
ただし、それが頭に入って実体化したら少しづつ乗っ取られる。
それを防ぐのは意識を保つこと
意識の正しさは問題ではない。
自分の意識で自分を制御することを忘れると実体化して乗っ取られる。


なんか、そういうことらしいのである。
それにしても、誰?

続・ロッド鑑定をしていて思うこと

引き続き、厳しめのコメントである。
やはり人によっては不快になるかもしれない無いようなので、取扱注意でお願いしたいのである。

ロッド鑑定の結果について、ご感想やコメントを頂くのは有難い次第である。判らないことを真剣に考えて自分の結論を出す方がほとんどなので、そのように役立てていただければ鑑定した回があるというものである。
だがしかし、こういう結論で良いのかということを私に質問される方が少なからずおられるのである。
正直なところ

知らんがな

である。
その方が真剣に考えて辿り着いた結果なら、それはその方にとって正しい答えなのである。考えるべきなのはそれが常に正しいという事ではないという事であり、それを超えた答えがあることに気付くときが来るのである。だから、その答えが正しいかどうかよりもその答えを超えた答えがあることを知って(ミの次元で)それを求め続けることが重要なのである。

少なくともぐれんを閲覧しているなら、まして冊子を購読していたり問題集に取り組んでいるのならわかっていて不思議ではない事である(共鳴と共振の違いがここにあると推測する次第である)。

とりあえず、聞かれたことには真剣に答えることにしているので、私が考えた答えをお返しすることがあるが、以下の点について注意していただきたいのである。

私が考えたのは私の答えであって、あなたの答えじゃない

自分の世界は自分の答えに基づいて作っていくべきであり、それができなければやがて自分の世界を失っていくことになる。
無くなりつつあるものを回復させるのは困難ではあるが、普通の困難さである。
失ったものを取り戻すのは極めて困難であり、棘(いばら)の道である。
棘の道を避けることをお勧めするのであるが、棘フェチの方がおられるとしたら話は別である。

ロッド鑑定をしていて思うこと

ロッドを使い始めたのは全くの興味本位である。
いろいろと遊んで、自転車で出かけた時に連れ出して、温泉でも掘り当てられないか? などとアホなことを考えていたのであるが、気が付けばお代を頂いて鑑定することになっていたのである。
おかげで生活は少し楽なのである。

もともと鑑定料を頂くつもりは毛頭なかったのであるが、鑑定を依頼する側も受ける側も真剣になるためのツールとして謝礼という形で鑑定料を頂くことにしたのである。

さて、私のようなアホでも何年かロッド鑑定を続けるといろいろと考えることもあり、気付くこともある。今回はその関係の事を書いてみるのであるが、若干厳しいことを書くと思うので、それで不愉快になる可能性のある方は読まないことをお勧めする次第である。

多くの方に波動鑑定をご利用いただいているのであるが、あまり芳しくない結果に接した時によく頂くコメントはこのような傾向がある。

今回の結果が境界線だったのは自分が至らないせいである。例えば『我よしである』、『イマイマにキが入っていないからである』、『謙虚さが足りないからである』、『想念が良くないからである』、その他いろいろあるんだが、総じて何か自分が至らないから境界線だという論調である。

いろんなところで新地球/旧地球鑑定の定義を書いてきたのであるが、この鑑定は我よしかそうでないか、至っているのか至っていないのか、などという事とは全くと言って良いほど関連性が無いのである。たとえ『ザ・我よし』などと言い切っても差し支えの無いような人物であっても心が自由であれば新地球という可能性が十分にある。そういうものである。
従って、この世の善悪や自分の中での善悪に縛られている限り、ぐれんや冊子を熟読したところで、新地球と言う境地には辿り着くことはできなのである。

さらには、そのようなことを深く考えることを放棄してやみくもに自分の欠点を探し出し、それにまつわるエピソードを思い出し、自分の問題点に思い当たったときにエピソード中の問題は一応の解決を迎える。という経験を書いて下さる方が少なからずおられるのであるが、私にとってはその話は参考になるのであるが、ご本人の解釈という観点では『毎回それでいいんですか?』と思わざるを得ないのである。
波動が下がる原因は千差万別であり、自分に欠点があるからというのは安直としか言いようがないのである。さらにはそれに気付いたときに問題が解決するというのは、私にとってはご都合主義的な話や新興宗教の御利益のようにも見えてしまうのである。
自分の境地があるところに達してそこから伸び悩んでいる状態にあるなら、それまでのお決まりのパターンから脱却する他に道はないと思うのであり、脱却した先に新地球が待っていて、その後もその繰り返しなのである。少なくともガチの戦士である私はそう思うのである。

私は謝礼としてお代を頂いている以上、真剣に鑑定しているのである。
出来ることなら、謝礼を出したうえで鑑定を依頼されたなら、真剣にその結果を受け止めていただければ幸いである。
結果を前にしてやみくもに自分の欠点や至らなさを探し(要は自分を罵り貶める)、納得する(自分が至らないからダメで、いつまでもその状態なんだと自覚し、結果的に自分にそう言い聞かせる)。その先に何があるというのか考えるべきである。
出来ることなら、鑑定結果の先に何らかの希望を見出して、そこを目指してほしいものである。

俯く者には希望の星を見ることはできないし、最悪の状況にあって『この先は今よりも良くなっていくのだ』と信じることができないものには明るい未来は無いのである。

ビリー師匠

先日の連休に帰省したのだが、自宅で『ビリーズブートキャンプ』のDVDを見つけたのである。
最近、お腹周りがアレなのでやってみることにした。

先週、毎日『DISK1:基本編』をやっていたのだが、かなりキツイのである。基本編がこれならDISK2以降は地獄絵図だろうと推測されるのである。
残念ながら付属の『ビリーバンド』は無かったのだが、近所のスポーツ用品量販店のフィットネスコーナーで在庫処分で投げ売りされているのを購入した(200円)。使ってみるキツさが倍増し、泣きそうになった。

昨日、自転車で山へ行ったのだが(と言っても舗装道路)、急な上り坂で疲弊した太ももの回復力が見違えて向上していたのに驚いたのである。
恐るべし、有酸素運動である。
蕎麦の産地を目指す旅の途中で、急な上り坂に挑んで敗れ、氷見牛を注文するウグイスの声を聞きながら行倒れにならずに済んだのである。ありがとう、ビリー師匠。

昨日は・・・

昨日は朝から友人Nと自転車で出かけたのである。
北陸某所から南下して山に入り、とある村を目指したのだが、そこは県内で有名な蕎麦の産地である。
Nは、自転車のレース(マラソン大会的なやつ)にエントリーしていて、そのコースの一部を試走するというのが目的だったようであるが、私は純粋に蕎麦が目的であった。
昼過ぎに目的地に着くというスケジュール上、空腹との闘いであった。空腹のあまり、急な上り坂はあまり気にならなかったのだが、それほど腹が減っていたのである。
事前に非常食を確保し、2回ほど『もぐもぐタイム』を経て目的地に到着した。

道中では時々うぐいすの声が聞こえてきたのだが、『ホーホケキョ』という声が次第に別な聞こえ方をするようになったので笑いそうになった。

ん~、ひみぎゅう(氷見牛)

腹が減っているとはいえ、和食屋さんで『氷見 寒ブリ御膳』と『特選 氷見牛御膳』のどちらにしようか迷って牛に決めたような感じである。
流石にそれは無いやろ!  なのである。
ひそかにウグイスに謝った次第である。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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