哲学大喜利  正解者発表

おおよそ、予測はついていたことと思います。
正解者は全員です。
お分かりかと思いますが、真剣に頭をひねって出した答えは、その人の世界での正解です。
ほかの人の解答を目にして、『なるほど』と思えば、その人の世界は少し広がり、境地も上がっていくのだと思います。
そのために、この世界で生きることを選択したとも思います。
ネットの上では空間を超えて多くの人と影響しあうことができるので、状況によっては時間も超えることができるようなので、そこでは『5次元』にいるのかもしれません。
などと言ってみました。

さて、私の解答です。

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哲学大喜利

多数のご参加をいただき、ありがとうございます。
どなたかが書かれていたように、回答なしで一人午後として処理するオチを用意していたのですが、それは封印となりました。
心より感謝いたします。

さて、当選番号ですが、『9』です。

出題したときに、私の好きな番号を当選に設定しておいたのですが、それを証明するものを用意するのを忘れてました。
申し訳ありません。
お詫びと言うかなんというかと言うことで、外れた方の中からWチャンス!
と言うことで、回答いただき、外れた方で、Wチャンスに参加される方。
明日の午前中までに下記の方法でご応募ください。

○管理者にのみ公開
○1~3までの数字を一つ書いてください。
○選んだ数字が一致した人数の多い番号を当選番号とします。

され、何が当たるかと言うことですが、新たに鑑定メニューに加えようと考えているものがあるんですが、それの無料鑑定です。

どんな鑑定か・・・。
それは、後ほど。

ソフィーの世界大喜利 <さらに追記あり;青字>

昔、話題になった本である。
この本の中に『自分の道徳律に従って生きることが、本質的な事由につながる』という旨のことが書かれていたと思う。
何度か読み返してみたのであるが、よく理解できなかったのである。
ここへきて、ようやく理解できつつある。

なるほど、そういうことか。

そこでお題。

自分の道徳律に従って生きることの定義について。例えば『他人の考えに迎合しない、と決めて一考えする習慣をつける』とか『お酒は週末しか飲まない』とか、何でもよし。自分がするべき事、避けるべき事を決めてそれを意識して生きると言うこととします。

なぜそれが真の自由につながると言えるのか、お答えを募集します。
11月13日までにコメントをお願いします。
公開コメントで、ニックネームと0~9までの数字の一つを書いてください。

正解者の中から抽選で何かが当たります。
さて、抽選方法です。出題時に私が選んでいた数字と一致した人が当たりです。

書き忘れていましたが、これは『哲学大喜利』です。
ほとんど遊びのものなのでお気軽にご参加ください。

大喜利

多数ご解答頂きありがとうございます。
心より感謝申し上げる次第なのである。

解答があることを想定していなかったので、実は若干焦っている始末なのである。
ここで、まず断っておかなくてはならないのである。
私が正解と称するのは、あくまで私定義であって、一般の定義とは違うかもしれないということである。
その点についてはご了承いただきたいのである。

私の定義では、努力とは『鍛錬あるのみ』であり、前進しかないのである。当然ながら疲労が蓄積するまで休むこともないのである。何より、自分の適性や感性などと目標が合致するかどうかなどはお構いなしなのである。

そして精進とは退くことも止めることもありなのである。止めて離れた後に戻ってくることも可能である。自分に合わなければ軌道修正することも可能である。

そしてここで種明かしである。
実は大喜利は単なるネタ振りなのである。
解答をいただいたみなさんの頭の中から出たのはすべて正解なのである。
そして、何かを習得。獲得する行動として、『努力』と『精進』以外のスタイルもあって良いと思うのであり、多いほうが良いかもしれないと思うのである。
その時々で、どのスタイルが良いのかを考えて選択することが肝心なのである。

実を言うと、これは『問題集』で磨いた判断力をどうやって日常に活かすかということを考えていて思いついたものである。何かの目的に向けた行動についてどんなスタイルがあってどれを選択するか。選択したスタイルが結果的に正しかったのか、修正すべき点があるのか。その他諸々。そんなことを考えていこうというものだったのである。
機会があれば、どのように判断力を生かしているかなど、お聞きできればありがたいと思うのである。

それにしても、皆様の答えがなかなか鋭いので、大いに参考にさせていただきました。
できれば、この記事を読んだ方の参考にもなれば幸いなのである。
などと、何の臆面もなく『人のふんどしで相撲を取る』のである。

恐怖をあおっているわけではない(6/30 追記あり)

さっきの記事で、決してロッドに関する恐怖をあおっているわけではない。
心してかかわるべきということである。

自分が手にしているモノが、どんな可能性を秘めていて、どんなリスクをはらんでいるか。
しっかり考えておくべきであるということが言いたかったのである。

そして、私はロッドの腕を磨くのは『努力』ではなく『精進』だと思うのである。
努力と精進。
私だけの定義かもしれないが、違いが判るでしょうか?

ここで、大喜利開催!
解答はコメントにてお願いします。

コメントいただきありがとうございます。
一つ一つのコメントに返事を投稿しましたが、投降したのを読んでみて、なんか上からモノを言ってしまった感が満載なことに気づきました。
決してそんなつもりはないので、若干焦っています(拙者、小心者ゆえ)。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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