化学平衡

高校ぐらいの化学の教科書で見たことがあるかと思う。
酢酸とエチルアルコールに酸または塩基を加えて反応させると酢酸エチルと水が生成する。
一方、酢酸エチルと水で同じ反応を行うと酢酸とエチルアルコールが生成する。
字面だけを見ると『どっちやねん!』と突っ込みたくなるところであるが、どちらも正解である。
これは化学平衡下での可逆反応と言うものである。

これらの反応は同時に起こっていて、その時の反応条件によって一定の割合のところで落ち着くのである。
例えば酢酸とエチルアルコールを1:1の割合で反応させるとする。
ある条件では酢酸:エチルアルコール:酢酸エチル:水の比率が0.3:0.3:0.7:0.7まで反応が進んで、そこで止まるということである。
もしあなたが、この反応を加熱還流で酢酸エチルを合成して、それを売り、生計を立てているとする。
反応せずに残る酢酸とエチルアルコールがもったいないと感じることだろう。
反応条件を変えずに、これらの無駄を減らすにはどうすればいいのか?
凝縮液から酢酸エチルか水を除去するのが手っ取り早い方法で、水を抜くのが一般的であろう。
可逆反応と言う本質は変えることはできなくても結果を変えることができるのである。

そして、私たちの世界において、世界を変えることはできずとも何かの動きによって状況を大幅に変えることもできるのである。何をどう変えればいいのかは各自が考えていくことであり、思考力と心の自由度や柔軟性が求められるところである。
薄々お気づきかも知れないが、力技でそうオチをつけるのである。
さらにお気づきのことと思う。
ニセ科学について、このところネタ切れの感がある。
ここを打開するには何らかの手を打って『平衡』をずらす必要があるのだが、ここにおいても思考力と心の自由度や柔軟性が求められるのは言うまでもないのである。

データのマジック

科学者は理論的に推測を行って仮説を立て、実験によってそれを検証する物である。
それはニセ科学者においても同じである。
実験データを解析するときに、その数字が持つ意味を考えるか否かによってその実験者の腕が問われるのであり、考えない者は二流と言われても仕方ないのである。
それもまたニセ科学者においても言えることである。

巷には様々なダイエット法があふれていて、TVの番組などで検証する企画というものが散見される。

体重 80kgの(肥満に悩む)女性が、この食事療法を2週間実践した結果、なんと2kgも体重が減りました!

などというコメントとともに、体重計に乗る女性の映像と、画面の隅に『えー』と驚く芸能人の顔が映し出される。
本来であれば、せめて1年ぐらいは様子を見たいところである(続けていくことについての難易度も含めて)。

現実的にはそれは難しいので、2週間とか1か月とかの短期間になるのは仕方のないことである。それならそれで、その『2kg』が有意差であることを示す必要がある。
統計的に検証するにはデータ数がそれなりに必要なので難しいかも知れない。では検証法が公正なものかどうかぐらいは示すべきである。

例えば、その体重が80kgで肥満に悩む女性に対してこの企画のテストモデルになってもらうところから(出来れば募集段階から)番組で紹介するべきである。

例えば、こういう形で依頼されていたとしたらどうだろうか?
なお、以下の話は私の勝手な憶測のもとでの話なので、そのつもりで聞き流してほしいと思うのである。

ここで、依頼交渉にあたるTV局関係者をA、被験者として選ばれた女性をDとする。
なぜDかは聞かないでほしい。

どこかのファミレスで食事をしながら企画の説明をする。
Dは好きに食事していいと言われ、遠慮なく注文。

A 『番組にご協力いただき、ありがとうございます。では企画について説明します』
(以下、ダイエットの内容を説明)

A 『この食事を2週間続けていただきます。そして、適宜、撮影に伺います。』
D 『その間の体重とかははかるんですか?』
A 『お手数ですが、毎日測定していただき、記録してください。』
D 『それだけで良いんですか?』
A 『あと、3日に1回でいいので、血液検査をさせてください。以上です。』

で、Dは食事を終えてダイエット開始時の撮影に入る。その時に体重も測定し、血液検査も行う。

ここで、質問である。
あなたが500mLペットボトル入りのミネラルウォーターを持って体重計に乗るとする。体重計の上で水を飲み干したら体重計の測定値は変化するだろうか?

2週間のダイエット終了後。収録は昼前。ダイエットプログラムでは昼食の少し前の時間である。

A (必要事項の説明の後)『これからスタジオで体重測定と血液検査を行います。』
D 『わかりました。』

ダイエット効果がゼロであっても、最初の食事分の体重は減るのではなかろうか?
ダイエットメニューなので、測定値は健康な状態に近くなっていると思われるが、これも食後と空腹時を比べたら、『下駄』をはかせることが可能である。
どれぐらいの体重減が見込まれるかは、肥満に悩みつつも、体重80kgを維持している若い女性の食欲に依存するところである。

ざっと考えてみた。
以上は何の根拠もない憶測である。
ただし、極端にうがった見方をすれば、全く不正をしないでもある程度の数値の操作が可能だということである。

こういうことを簡単に思いつく私の心は半端なく汚れていて、おそらく血液で言うところの『ドロドロ血液』のような状態なのであろう。もしあるなら、心のダイエット法を探して実践するべきなのかも知れないと思うのである。

この便利さの代償は?

現在、竈で火を起こして煮炊きをする世帯がどれほどあるだろうか?
ガスコンロやIHコンロの普及率はあえて言及するまでもない。
また、手元に適当な数値データもないのである。

これらは非常に便利なもので、ボタン一つで煮炊きに必要な熱源が得られる。
だがしかし、これらがどんな原理で熱を供給するのかを考えて使っている人はそれほど多くは無いと推測されるのである。具体的に根拠はないのではあるが。

IHコンロの原理は昔調べたが忘れてしまった。ただ、熱とともに電磁波も副生してしまうらしいことは覚えている。
余談ではあるが、電車や電気自動車など、強力なモーターを駆動力にする乗り物なども、電磁波を発生するのではないかと思われるが、きちんと調べたことはない。

そして、ガスコンロについては、IHコンロよりもわかりやすいと思うのである。
バーナーからガスと空気が適切な比率で混合された状態で供給され、電気火花などの着火源によって火がつくのである。
こう言ってしまえば簡単に見えるのであるが、この原理だけで自作すると着火したとたんに爆発するのが関の山である。
炎を安全に使いこなすためにはそれなりの技術が必要なのである。

と、ここまで書いてきたが、お気付きだろうか?
私たちの生活には便利なモノがあふれている反面、それがいったい何なのか考えなくても生活が成り立つのである。言い換えると、便利さの代償として考えることを奪われていると言っても過言ではないのである。
さらに考えると、便利なモノは単に便利なだけであるのだろうか?
便利な機能の裏側で、別な目的が隠されてはいないだろうか?

例えば、あなたがいつも買い物をするスーパーマーケットで、ポイントカードを使うとする。
ポイントカードを作成するとき、申込用紙に、例えば家族構成と年齢、おおよその年収や職業などを書いたのではないだろうか?
これらは、ポイントを付与する代償として、職業・年収・家族構成などの情報と勾配の傾向などの情報を統計処理するためのデータとして利用される。有名な話であるが。

このように、便利さの裏側に全く別な目的を潜ませることもできるのである。
などと言いながら、変な恐怖を煽るつもりは無い。
普段の生活の中で、漫然と便利さを満喫するだけでなく、一考えする習慣をお勧めしたいと言うことである。

一方で、技術フェチであり設備フェチである拙者は、日常的に使う便利なモノに活用されている技術やアイデアに思いをはせて、時々ニヤニヤしているのである。
客観的に気持ち悪いのであり、これについては程々にしたいと思うのである。

落下運動

物を落とした時、落下速度 V は、落とした時から経過した時間と重力加速度を掛けた値である。
では、水平方向に速度 U で投げ出した物体はどのような速度を持ち、どのような軌跡を描くのか?

これは2次元での速度の問題なので、X方向(水平方向)とY方向(垂直方向)とに分けて考えるとわかりやすい。まず、X方向であるが、これは一定の方向に移動する『等速直線運動』である。
一方、Y方向であるが、これは冒頭に書いた自由落下運動である。
で、これを時間経過に伴って追いかけていくと放物線の軌跡を描く。

さて、うちのニワトリは私の肩に乗るのが好きである。一方で、キッチンは嫌いである。
私がキッチンでコーヒーを淹れるときや平日の朝食の準備をしているときなどは肩の上で不満なのである。おもむろに肩の上で向き直り、頭を背中のほうに向ける。そして、足にぐっと力がこもる。
そう、フンを落下さるのであり、綺麗ではない放物線を描くのである。

それを私は事前に察知し、コーヒーや朝食が乗った調理台と適度な距離をとる。
絶妙の距離感とも言えるほどである。
そして難を逃れるのである。
フンの重量や投げ出される速度を測定したわけではないが。

燃焼反応

燃焼反応は極めて身近な化学反応の一つである。
ガスコンロの炎であったり、焚火の火であったり。

余談だが、私は焚火が好きである。
焚火をすると中途半端にテンションが上がるのである。
念のために断っておくが、私が好きなのは自分で制御できる程度のものである。
必要以上に大きなものを求めて他人の家で焚火をしようなどとは思わないので安心していただきたい。

話はそれたが、炎と言うのは燃焼反応によって放出されるエネルギーの形態である。
燃焼反応によって物質は酸素と化合し、熱エネルギーと光エネルギーを放出する。
意外なことに、金属も燃焼できる物質なのである。
大昔に写真撮影時に今のようなフラッシュが無かったことにはマグネシウムを燃やして光源としていたそうだ。その他にも花火の発色にも利用されていると思うのである。

金属は燃焼すると金属酸化物となり、化合した酸素の分だけ重くなる。
一方、『燃える物』として身近に存在する紙や木は灰になってスカスカに軽くなってしまう。
この違いはどこから来るのか。
言うまでもないことであるが素材の違いである。

紙や木は、炭素、水素、窒素、酸素からなる有機化合物である。
なお、厳密に言えば紙には無機物を主成分とした添加剤が加えられることが多いのだが、此処ではそれを無視することとする。

紙や木を燃やすと炎としてエネルギーを放出するのは言うまでもない。
そして、完全燃焼してやると炭素は炭酸ガスに、水素は水に、窒素は変化しない(高温炉を使えば、各種酸化物になるが、ここでは焚火が前提なので変化なし)。酸素は空気中の酸素とともに炭素や水素の酸化に費やされる。
余談だが、これら個々の反応を利用して、燃やした物質の炭素、水素、窒素、酸素が入っている割合を知ることができる。

木などの燃料は、古来から私たちの生活とのかかわりは深い。食物の調理や加工、暖房、炎を利用した夜行性の捕食動物の忌避などなど、数え上げれとキリがない(私の知っているものにはキリはあるが)。
このような燃焼反応は、私たちの生活とは切っても切れないものである。使用を禁じられたらとても困るのである。
一方で、どうしても危険が伴うのである。
制御できなければ火事を引き起こす。完全燃焼させなけれが有害な一酸化炭素や呼吸器にダメージを与える煙を大量に発生する。完全燃焼しても窒息性のある炭酸ガスを発生する(カスを使えばすぐ換気!)。
以外とデリケートで危険なものである。レベルの違いはあるが、原子力なんぞと方向性は変わらないのである。


さて、1年近くブログを続けてきたのであるが、この中で自分の過去の記憶について、いくつか取り上げてきたのである。ふと思い出して気になったこと、記憶が薄れていく前に書き留めておきたかったことも中にはあるが、手放すために書いていることがほとんどである。
書くことによって記憶をなぞり、かつて味わった理不尽な思いや悲しみを追体験する。そしてそれらを燃やしてしまうのである。
生じた炎で自分の心の中を明るくすればいい、燃焼熱によって心を温めればいい。

ただし、やみくもに燃やせばいいと言うものではない。燃料を完全燃焼させるにはきちんと乾いている必要があるように、燃やしてしまう記憶も『枯れた』物でなければならない。
記憶を『枯れさせる』ことは、それなりに難しい。私も今のところ時に任せるしかないのが現状なので、今後も検討を続けたい。

燃やした時に生じる炎は、制御できなければ現実の炎と同じく火事の元である。自分自身も焼きかねないので少量ずつ慎重に燃やすことをお勧めする。
最後に、きちんと換気しなければ窒息するように燃やして手放す心構えがしっかりとしたものでなければ、燃やした本人は窒息し、煙に巻かれて苦しむのである。そして何より避けたいのは、それを読んだ人も同じ目にあいかねないということである。

何事にも細心の注意が必要なのである。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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