友人Y ②

4年生になって将来を真剣に考える必要に迫られるようになり、より現実的な姿を考え始めた。

少なくとも私たちはできるだけ早く親の影響かから逃れたいと考えていた。


Yは、就職先として、他県での勤務が前提条件であった。

私はその頃、学ぶことの楽しさがわかりつつあり、真剣に進学を望んでいた。

志望校は東京校外の大学であった。


そしてYにも私にも超えるべき壁が立ちはだかっていた。

Yは最終学年への進級であり、私は両親の説得であった。

その頃、私に父親(鋳物職人)は、持病の腰痛が悪化して仕事がままならない状態であった。

一度進学のことを口にしたことがあったが、兄も含めた3人がかりで罵られた。

『自分のことしか考えないエゴイスト』と決めつけられたのである。

たとえ、その状況でも父が晩酌を欠かさないことなどのツッコミどころがあったとしてもである。


Yの前期の成績は残念と絶望の中間ぐらいであった。昼休みに私がいた研究室でパンをかじりながら復習し、時々夕方からYの家に行って勉強を手伝った。

Yとともに両親を説得する作戦を考えた結果、とにかく自力で受験して合格し、既成事実を作ってそこから攻めようということになった。そして、Yはめぼしいバイト先を見つけては私に紹介してくれた。少なくとも受験と入学に絡む費用は自前で調達しようということになった。その後の費用はバイトと奨学金で何とかなるだろうと思うことにした。


後期最初のテストでは、Yの成績は目覚ましく伸びていた。

一方、私の資金調達ははかばかしくなかった。

Yには順調だと言っていたが、たぶん状況を察していたのだと思う。

しかし、Yも私も最初から考えていたのは『どちらかがダメでも共倒れはしないこと』であった。

だからYは私に事は気付かない顔をして粘り強く努力を重ねた。


そして、Yは進級を勝ち取った。

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