カルマについて思うところ

『ぐれん』のこの記事を読んでいて、思ったことである。
厳密には常々思っていたと言えなくもないが。

魂が経験を積み、成長していくうえでカルマを作ってそれを解決することは必須な体験である。
だから、カルマを作りたくないというのは『大人になんかなりたくない!』などと言ってのける中2病的なものではないかと思うのである。そして、こういうことを思い、書くことで不快な気持ちになる人もいるかもしれないので、カルマを作ってしまったかもしれないが、気にしても仕方ないのである。

そもそもカルマができるかどうか、できればそれを避けたいと思う時、カルマができるかどうかを判断するのは『善悪の判断基準』に準じてのことであると思うのである。
ここでさらに考えてみると、その判断は、単に今の人類の基準であり、自分のいる社会の基準であり、突き詰めると自分の価値観の範疇でしかないのである。それがカルマを作るかどうかの判断基準に当てはめることができると思うという事は、私の感覚ではかなり無茶なことで、傲慢ともいえるのではないかと思うのである。
だから、私はカルマのことは基本的に気にしないし、時々『敢えて?』徒いうことも無いわけでは無い。

ただし、それを『やりたい放題』と混同されては困るのであるが。
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