感謝が足りないこと

このところ、『職場ごたごたシリーズ』の記事が多い。

体調不良も重なって、収拾がつかない状況であった。

体調不良は治まりつつあるが、職場のゴタゴタは続くのである。

今後は、今までのような愛想笑いに代わって『いくさ人の顔』で対応することになると思う。

そしてその際にも無駄な感情を動かさないことを忘れてはならない。


昨晩であった。しばらく、メールをチェックする気力が無かったので(その割にブログに駄文書き散らす程度の気力はあったのだが)長らく放置状態であったが、久々にメールソフトを開いた。

そして、ifさんが問題集の回答に添削して下さったメールを読みつつこう思ったのである。


『自分は感謝が足りないな』


そしてそれは世間一般でよく言われるような『漠然とした感謝』ではない。具体的に感謝が足りない対象を認識したのである。


私は元々棒にも箸にもかからないような者であったのだが、家内の助けでここまでこぎつけた。

そして、『お話会』に参加して学ぶ機会を何度か与えられた。

『問題集』で深く考える機会を得た。

問題集に関しても、私が尻込みしている間に申込期間が過ぎていたのだが、家内が購入していた。

2回目以降は興味があれば自分で買うように言われた(早い話が自分が主体でやれということ)。

家内を通して、いくつもの救いの手が差し伸べられてきたのである。そこを介して多くの方々に救われてきた。そのことに、いつも深く感謝をしている。

だがしかし、感謝が足りないのである。


教師タイプの説教好きな方なら『真剣さが足りない』などと言いたいだろうが、そう言うことではない。

賛否両論あるとは思うが、私の行動のほとんどはそう言う感謝に裏打ちされた動機がある。

自分が受けた『仁』を周囲に『義』として返したい。そして見返りや感謝は要らない(そして時々、要らないことまでやってしまうのだが)。


何が足りなかったのか。

今のどうしようもない状況を与えられたことに対する感謝が足りない。いや、皆無であった。さらに言えばそのことに怒りを抱いていたのである。


『なぜ俺はこんな目に合わなければならないのか』


『お話会』や『問題集』は、いわば『座学の場』である。そして『実戦経験を積む場』と言うのは実生活の上である。そして今の状況は、視点を変えてみると『武者震いを起こすほどの難敵』であって、『いくさ人としては格好の相手』なのである。それは感謝すべきことであって、ゲッソリすることではない。『いくさ人』としてはである。


さて、そこまで気づくことができた。そして来週から感謝の心で職場に向かうことができるかと言えば、『それは無理!』なのである。

とは言え、戦うべき方向が示された。後は必死で組み付くのみである。『拙者、いくさ人ゆえ』である。

そして、私の知力と論理的思考はが『上司を叩きのめす』ために使われることはなくなるだろう。

たぶん。

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