JUDO  追記あり

昨夜はオリンピックの柔道JUDOを観ていたのであるが、受けた印象は『せこい』の一言であった。
軽量級ならともかく、最高峰と言われる100kg超級で組み手争いに終始するというのは情けない気がするのである。

技が決まってのポイント差で優勢勝ちならまだしも。『指導』でポイント差をとってそれで逃げ切る戦法は柔道そのものを馬鹿にしていると思うのである。

組むことを嫌い続ける姿勢も『指導』の対象にしなければますます柔道もといJUDOは面白くなくなるのである。
だが、オリンピック競技は突き詰めていくとヨーロッパ中心に動いているのだと思う。彼らに有利なルールが優先され、彼ら以外の文化に基づいた競技はこういうありさまになるのである。
<追記>
この記事を見て笑った。

勝敗を分けたのは価値に対する執着心ではなく、身長ではないか?
そう思うのである。

奥襟をつかまれて頭を下げたことが『消極的』と見做されて、開始8秒で『指導』と言うのは意味が分からない。
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