価値観

人はただ生きるよりは『良く生きる』こと目指すべきである。

少なくとも私はそう思うのである。

『今生の別れ』に書いた元上司であるが、彼にとっての『良く生きること』と私にとっての『良く生きること』は真逆と言っても過言ではないのである。

そして自分はささやかであっても『人生の成功者』と自覚して、それを誰彼かまわず自慢したくて仕方なかったのであろうと思う。その話を聞かされて、相手が時間の無駄と思おうがお構いなしにである。


彼は言う。『M2君。子供には投資すべきだよ!』

私は思う(大阪弁で)。『投資でっか?子供の人生は二の次でんな』


そして、息子が一流大学の大学院を出て有名企業で管理職をしていて、孫が何人いて云々。

で、投資の原資の何割かは、私の研究成果を横取りして稼いだのだね。などと嫌味の一つも言いたいところであるが、理解できそうにないのでやめておいた。


彼も私も会社の中で学歴が壁となったほうである。そして彼は卑屈になり、高学歴者にはペコペコと卑屈にふるまい、私は自分の腕で勝負をした(その結果、出世せず)。

どちらがいいのかわからないのだが、一言で言えば、彼はプレアデス世界のしっぽにぶら下がり、私はオリオン世界の中で生きている。

それだけのことである。


生きていくうえで、課題として与えられる状況がある。

そこでどんなことを学んで何を見につけるか。

どういう判断が正しいのか。

正直なところ分からないのである。

ただ、自分が死んだ後で、自分にまつわるエピソードを思い出す人がいたとして、楽しい気持ちとともに思い出す人が多いほうが良いのである。

少なくとも、今の自分には『良く生きる』と言うことを考えてみて、そう言うことしか思いつかないのである。

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1. 面白い!

面白いしとても参考になる。
さすが哲学者の言う(書く)ことは
一味違う。

2. Re:面白い!

>if・・・さん

恐縮です。
正直なところ、感情が全く動かなかったと言えばうそになります。
その時に生じた疑問『なぜ、あんな振る舞いをして、そう言う人生を歩むのか?』そう言う疑問について感情をOFFにして考えた結果です。

そのあたりの考察について、うまくまとめられたら記事にしたいと思います。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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