『絶望の地球』について考える

『絶望の地球』とは、イエティーに狩られながら、それなりに平和に暮らす世界。

多くの方は狩られるのは嫌だ!
と恐怖心の濃度の高い思考で拒否されると思うのである。
私は、それが自分の境地に合った世界ならそれでもいいと思っている。

できれば『希望の金星』にアセンションしたいのは山々ではあるが、自分にその資質がなければアセンションしてもその世界はたぶん洒落にならないぐらいのアウェー感が充満していると思うのである。それを思うと、心の底から恐怖を感じざるを得ないのである。

私は、多くの方に知られているように、普通の中年オヤジである。普通と違うのは他の人よりも境地が高いという事であればいいのだが、実際には『鼻っ柱が強く、少しばかりイメージ力が強くて頭の回転がわずかに早い(でもアホ)』という点である。頭の回転の速さは専ら非生産的な、アホな遊びに費やされるのである。
一言で言うと、難儀なB型そのものである。
どこをどう突っついても『希望の金星にアセンション』出来るような要素は見つからないのである。
諦めているのではない。自分の現状を受け入れて『明らめている』のである。

さて、この現実世界で自由に生きたいと願っている人は少なくないと思われる(たとえ、中2病が完治したとしても)。一方で、この世界にいてどれだけの自由度があるかを考えてみると、普段は自覚しないかもしれないが、ゾッとすると思う。
今『今日の晩御飯は○○にしよう』と思ったことも、本質的に自分の自由意志かどうか定かではない。
1分前に観たCMに触発されたのか、2日前に子供が食べたいといっていたのを潜在意識が覚えていて選択させたのか、テレビやそのあたりに飛び交う電波による洗脳の結果なのか、自分では知る由もない。
『絶望の地球』にいる人類も、イエティーに狩られていること自体に自覚はないかもしれない。その方が自然ではないかと思うのである。
『参ったなー。昨日はイエティーに狩られて、食べられちゃったよ』などと話しながら返ってくる人は、まずいないと思うのである。過度の恐怖に駆られて『希望の金星にアセンションしたい!』と熱望することは、そこに欲望(願望とは異質のもの。ここを自覚する必要は大きい)や心の隙が生じ、波動を下げるきっかけになる。

今の自分の身の丈を知り、それを心動かすことなく受け入れること。
それはとても重要だと思った次第である。
一喜一憂するという事は、それができないことではないかと思うのである。
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だと思う。

超大雑把な感想ですがw

Re: だと思う。

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Author:一夢庵(M2)不便斎
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