習慣

私たちの生活や行動、思考などは少なからず習慣というものに左右されるものである。
縛られているといっても過言ではないかもしれない。

アルベール・カミュの『異邦人』では、主人公が母を養老院に入れた当時は面会の後に『うちに帰りたい』と泣いていたが、そのうちに養老院になじんでいき、『おそらく今うちに連れて帰れば、養老院に帰りたいと泣くだろう。これも習慣の問題である』と述べられている。程度の差こそあれ、私たちの意識に対して習慣は強い影響を及ぼしているのである。

唐突ではあるが、私の自宅のトイレにはウォシュレットがある。子供のころの自宅トイレ(『トイレ』ではなく『便所』と表記するのがふさわしいかもしれないが)には、そんなものはなかったのである。初めてウォシュレットを使った時には違和感満載であった。
使い慣れてみると、それが当たり前になってしまったのである。

北陸某所で一人暮らし中のアパートのトイレにはウォシュレットが取り付けられてあるのだが、以前ここに半年間住んでいた時に住んでいた部屋のトイレには設置されていなかったのである。
一旦、ウォシュレットに慣れてしまうと、洗わなければものすごく非衛生的に感じてしまうのであった。そして、Big Benの後にはついつい風呂場で洗いたい衝動に襲われていたのである(食事中の皆様、並びに英国国民の皆様、済みません)。

トイレでわずかに体重を減らしたせいか、こころなしか軽やかな頭で(実際に軽いのだが)そんなことを考えていた次第である。
日々の生活の中で、『私が』自分の行動を決めているのか、『習慣が』自分の行動を決めているのか、きちんと自覚していたいものである。
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あはは~♪

笑った♪

Re: あはは~♪

昨今の除菌グッズと同じく、『昼食後、歯を磨かなかったら気持ち悪い』とか、『Big Benの後、洗浄しなければ不潔だ』などの習慣づけは、日本人の生命力を弱めるための陰謀ではないかと思ってしまう次第です。
ですが、昼食後の歯磨きは我慢できても、ウォシュレットは捨てがたい。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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