枢だったのかもしれない

おととしの後半から出向までの間にやっていた仕事であるが、多くの人が失敗し、投げ出したものであった。
私は会議の席でいろいろと助言していたのであるが、スルーされ続けた。
袋小路にはまったところで私が担当することになり、上司や前任者から受けられるはずのサポートは無しで、すべて一人でやっていた。
結果的に問題解決の糸口をしっかりつかんだところで他の研究テーマに移ることになった。
そして、その仕事の成果は評価されず、出向後に聞いた評価は『あと一歩粘ってほしかった』というものであった。

振り返ると、その仕事は私が失敗する前提だったのではないかと思うのである。
期待に反してうまくやり遂げようとしたので手を打ってきたのだと思うのである。

出向を打診された当日、私は研究所長に退職の相談をするつもりであった。
ここは自分のいるべき場所ではない。
強くそう感じて、家内とも相談し、決心を固めた翌日であった。

枢に落ちて、反転を果たしたのかもしれない。
今朝のマサトさんのブログの記事を読んで、そう思った次第である。

ただ、私が枢に落ちたと思われる時期は、のたうち回るほど苦しまなかったのであるが。
のたうち回ったとしたら、上司であったと思うのである。
完全に論破し、のど元に匕首を突き付けられる勢いで、私から追い詰められていたのである。
かなりメンタルに来たらしいが、知ったことではない。

とにかく生き返ったのだと思うのである。
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そうそう!

それを受け取った相手がどう感じるか、思うかは
その当人(相手)の責任です。
これがアイムOK、ユーアーOKの意味の一つ。
相手がどう思うかなんて知るわけが無いし
その相手は皆違うし、どう感じるかは相手次第だし。

例えば本当に何でもない言葉に、異常に反応する奴が居るが
そういうのまで想定しなくてはならないとしたら
何も発言できなくなるが、実際にはその通りになっていてw
多くの人は何も言わない。
「言わぬが華」状態になる。
それもいいです。その人が選んだのだから。
しかしそれを他人に強要するなよ、って話。


相手が感じることまではこちらの責任では無い、
ということを殆どの日本人は知らないし考えない。
「相手がどう思うかを考えろ」と良く言うがこれもさかしらな言葉だ。
さかしらとは本当の賢さの無い言動と行動のこと
と私は定義をしているので、そういう結論になります。

Re: そうそう!

『相手がどう思うか考えろ』
母から教え込まれて育ちました。

自分で物事を考えるようになって、どう思うか考えた相手の思考は自分が考えたものなので、そういう行為は不毛なものでしかないですね。

ただ、ときどき相手がどう思うのかを真剣に考えることがあります。それは、相手の息の根を止めようと思った時です。
二度ありました。
一度はこの時の上司(メンタルを病む)。
もう一度は昔の上司で私を防波堤にしようとした人(目の前で号泣させた)。

この先は、こういうことは無いと思います。

相手の息の根を

止める時。
それは当然考えます。
真剣勝負だから。

Re: 相手の息の根を

ただ、実際にやってみると、あまりの相手の甘さに馬鹿馬鹿しくなり寸止めになります。
そこで分かったことは、真剣に生きていない、自分の行動に最低限必要な覚悟を持たずに生きている、そういう人があまりにも多いということでした。

それが「無」の人ですね。

Re: 無

そのようですね。

それにしても、あまりにも多いです。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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