今朝の夢

今朝見た夢である。

誰かとあるものについて真剣に話し合っている。
それはただ一つの用途で使っているのだが、使い方次第でいろんな目的に使うことができる。

相手はその目的ごとに使い方の名前を定義してそこに重きを置く。
私は本質的な使い方は同じなので使い方の名前と定義は便宜上のものだと言う。
話は平行線。
私はその議論そのものについても不毛を感じ始める。

『あなたがそう思うなら、あなたの世界ではそれが正しいのだと思う。』
『誰にとっても普遍的に正しいと言うものは、たぶんないのだと思う。』
『そのうえで、どちらが正しいかということに何の価値がある?』

私は、そんなことを言う。相手はそれを私に逃げ口上と邪推して嵩に懸かる。
虚しさを感じて私は黙ってしまう。
相手は私を『論破した』と思って勝ち誇る。


そこで目が覚めた。

まず、断わっておく。
私は仏教徒ではないし、一切の宗教を信じるものではない。
自称哲学者である。
また、スピリチュアル関連の知識は乏しいのである。

そのうえで、『アセンション』や『新地球』について、私が持つイメージは仏陀の言葉と重なるのである。

この世界は虚像であると見極めて『迷いの現世』に戻ることを求めない境地に至ること。

人に何かを伝えるとき、定義を明確にして正確に伝えるのがあるべき姿である。
一方で、その定義を土台となる自分の世界と言うのは虚像である。
真剣に生きれば生きるほどこの二つの矛盾に折り合いをつけることが求められるのだと思うのである。

考えて生きると言うことは、これらのバランスを考えると言うことでもあるのではないか。
そんな考えを具現化した夢ではないかと考えている。
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一夢庵(M2)不便斎

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