勝手な解釈

勝手な解釈の下で、勝手にアセンションを論じてみる。
勝手に論じているだけであるが、ツッコミ大歓迎である(まじめな批判はちょっと遠慮したい)。

私は仏教徒ではないが、哲学者としてのゴータマ・シッダールダはサルトルやバークリよりも尊敬しているし、『犀の角』は実存主義よりもしっくりとくる。
そう言う価値観を背景にして考えたところによると、アセンションと『解脱』はかなり近い概念ではないかということである。

だから、この世界に何らかの執着がある限りアセンションは難しいのではないかと思うのである。
ではその状態は『良くない』のだろうか?
私的には『しゃーねーなー』なのだと思うのである。

もし、そのためにアセンションできなくてこの世界にとどまるならやり直せばいいのである。
そこで考えるべきは、もしもこの時点で『間違いなく境地をあげることができる状況』に置かれていると感じるなら、再びこの世に転生してきて、再びそう言う状況に置かれるというのは稀有なことである。
再びその状況に巡り合うまで、待つだけの勇気と、今の状況にそれだけの価値があるかをしっかり考えてみることである。

そのあたりに関する頭の体操である。
『世界中の聖者や賢者が集まって努力した末に、世界中の人が平等になる世界が実現できることになった。ただし、いったんこの世界をリセットするために《この薬》を飲んで、一度死ぬ必要がある。その後、平等な世界に転生してくることになる。ただし、どこの国のどんな家庭に生まれて、どんな仕事に就くのかは選択できないしランダムである。とにかく平等なので、その点は気にすることはないことは言うまでもない。』

さて、このような状況を前にして、あなたはどうするだろうか?
当然ながら、具体的にどんな世界なのかは私たちの概念を超えるものなので理解しようがない。
でも、『絶対に平等で平和』なのである。
私の答えは・・・秘密である。

さて、精進の末にアセンションを果たす、あるいは『彼岸』に至った後、そこには何があるのだろうか?
想像もつかないことであるが、やはり同じことが今よりもはるかに高い境地で繰り返されるのだろうと思うのである。

などと言ってみた。
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