一期一会

マサトさんのブログに書いていたと思う。
世界は日々つくりかえられている。

ひょっとしたら、昼休みに転寝している間にも作り替えられているのかもしれない。
自分が眼にしている世界とは一期一会の連続なのだろうと思う。

目の前にいる人と、『顔を合わせるのはごれが最後』と自分だけがはっきりとわかっている。
自分は、そんな時にその相手とどう接するのか。
少々嫌な奴でもひどい言葉をかけるのは嫌である。
すべての人を愛するのは無理としても、ひどい言葉を投げつけることはできないと思う。

では、自分に似B式から離れた世界が更新されてしまうなら、『今ここにいる世界』とはこれが最後なのである。
できるだけ気持ちよく別れたいものである。

一人暮らしで、十分に考える時間を捻出(努力しなければ無い)できる環境で、最近思うことである。

ところで、先日の集団鑑定において人を鑑定していた人が言うべきことではないかもしれないが、最近の私は『謙虚になろう』とか『心がけを正しくしよう』など、考えることがほとんどない。マズいのかもしれない。
だがしかし、正直な気持ちは先に書いたことのほうが、『謙虚になろう』、『正しい心がけ』よりも大きくなっているのである。

それが正しいのかどうか、自分でもよくわからない。
ツッコミを希望する次第である。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

今ここにいる世界とは

これが最後だから気持ちよく別れよう

という在り方こそ

普通に謙虚で
正しくあろうとする姿勢

ではなかろうかと
私は感じ入るわけなのです。

Re: 今ここにいる世界とは

大きな違いは『最後だから気持ちよく別れよう』と思って行動した結果、それが謙虚だったということと、謙虚になろうとして同じような行動をしたかということです。

これは、私の定義での『精進』と『努力』の違いにも通じることです。

そっか

「謙虚」を目的に行動しているとしたら
それは努力の賜物だよね、ってことで、
行動したら結果的に謙虚だったとしたら、
それは精進の賜物なのかなあ。


Re: そっか

私は『精進』のほうが美しいと思えるので、そういう行動ができつつあることに感謝。

そして、足りなかった言葉を引き出してくれたコメントにも感謝。

精進のほうが

美しいと思えるのは、私も同意見です。
洗練されてゆく感じがして好印象。

ちなみに

美しいとは思いますが、それが正しいのかどうかはイマイチ自信はありません。

正しいかどうかはともかく

美しいと思えるのだから仕方ないです。

今思ったのですが、
努力を積み重ねた後に
積み重ねてきたものを削ぎ落として行くのが
精進なのかなー?

太極拳の先生の言葉なんですけどね。
11年目の私には
「余計な力抜いて〜」

2年目の生徒さんには
「下半身の筋力付けていこうね〜」

滑らかで無駄の無い動きのためには
体を支えるための筋力がどうしても必要。
だけど過剰な力はすべてを台無しにしてしまうから
今度は脱力を学んで行く必要がある。

しかし完成形というのは無いので、
更に上を目指すためにはまた筋力を付けたり
身体の柔軟性を高めたり
持久力をあげるための努力と鍛錬が必要になり、
それがひと段落ついたらまた、
今度は無駄を省いて技を洗練させてゆく
精進の日々が始まる…のかな。

終わりなき努力と精進の繰り返しが
至高の境地へ繋がっていくと信じて
愉しみつつ続けることも大切ですね。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
最新コメント
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
フリーエリア
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
リンク
来客者数