がまん

私の背中の龍の彫り物は・・・。
そういう隠語としての『がまん』ではない。
加えて、私の背中には龍の彫り物などは無いのである(念のため)。

自分一人が犠牲になってそれでみんなが助かるのなら・・・
そんな自己犠牲に酔っていたころがあったのであり、それは黒歴史である。

誰かが犠牲になって、そのおかげで得られたものがあるとする。
それによる利益なり利便性なりを享受するときに、どうしても『誰かの犠牲』というものが付きまとうのである。
まして、がまんした奴がそこにいて、自分が犠牲になったことで得るものがあったことを理解してほしい、褒めてほしいという空気を垂れ流されたらたまったものではない。
過去の自分はそういう形での『自己犠牲』の行動をとり、それがよくない行動であるということを全く自覚していなかったのである。

全くの黒歴史である。
過去の自分をぶん殴ってやりたいのである。慈悲の心で。

今はだがも犠牲にならずに解決する方法を探すような思考に切り替えたのである。
このことで救われるのは、私ではなく私の自己犠牲という『陶酔』の巻き添えを食わされていた私の周りである。
そう思うのである。

そして、目の前に過去の自分と同じような『自己犠牲』をよしとする人がいたとき、私は迷わずに言うのである。

こうすれば、誰も犠牲にならずに済む。
だから個人的にそうすべきだと思う。
それでも犠牲になりたいのなら止はしないが、一切感謝はしないのでそのつもりでいて欲しい。

周りはドン引きであるが、そうでも言わない限り過去の私と同じことをするのであり、迷惑で面倒である。
誰も言わないから言うのだが、そこには自己犠牲の精神は微塵もない。
『喧嘩好き』、『喧嘩上等』という心持なのは問題ではあるが。
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