燃焼反応

燃焼反応は極めて身近な化学反応の一つである。
ガスコンロの炎であったり、焚火の火であったり。

余談だが、私は焚火が好きである。
焚火をすると中途半端にテンションが上がるのである。
念のために断っておくが、私が好きなのは自分で制御できる程度のものである。
必要以上に大きなものを求めて他人の家で焚火をしようなどとは思わないので安心していただきたい。

話はそれたが、炎と言うのは燃焼反応によって放出されるエネルギーの形態である。
燃焼反応によって物質は酸素と化合し、熱エネルギーと光エネルギーを放出する。
意外なことに、金属も燃焼できる物質なのである。
大昔に写真撮影時に今のようなフラッシュが無かったことにはマグネシウムを燃やして光源としていたそうだ。その他にも花火の発色にも利用されていると思うのである。

金属は燃焼すると金属酸化物となり、化合した酸素の分だけ重くなる。
一方、『燃える物』として身近に存在する紙や木は灰になってスカスカに軽くなってしまう。
この違いはどこから来るのか。
言うまでもないことであるが素材の違いである。

紙や木は、炭素、水素、窒素、酸素からなる有機化合物である。
なお、厳密に言えば紙には無機物を主成分とした添加剤が加えられることが多いのだが、此処ではそれを無視することとする。

紙や木を燃やすと炎としてエネルギーを放出するのは言うまでもない。
そして、完全燃焼してやると炭素は炭酸ガスに、水素は水に、窒素は変化しない(高温炉を使えば、各種酸化物になるが、ここでは焚火が前提なので変化なし)。酸素は空気中の酸素とともに炭素や水素の酸化に費やされる。
余談だが、これら個々の反応を利用して、燃やした物質の炭素、水素、窒素、酸素が入っている割合を知ることができる。

木などの燃料は、古来から私たちの生活とのかかわりは深い。食物の調理や加工、暖房、炎を利用した夜行性の捕食動物の忌避などなど、数え上げれとキリがない(私の知っているものにはキリはあるが)。
このような燃焼反応は、私たちの生活とは切っても切れないものである。使用を禁じられたらとても困るのである。
一方で、どうしても危険が伴うのである。
制御できなければ火事を引き起こす。完全燃焼させなけれが有害な一酸化炭素や呼吸器にダメージを与える煙を大量に発生する。完全燃焼しても窒息性のある炭酸ガスを発生する(カスを使えばすぐ換気!)。
以外とデリケートで危険なものである。レベルの違いはあるが、原子力なんぞと方向性は変わらないのである。


さて、1年近くブログを続けてきたのであるが、この中で自分の過去の記憶について、いくつか取り上げてきたのである。ふと思い出して気になったこと、記憶が薄れていく前に書き留めておきたかったことも中にはあるが、手放すために書いていることがほとんどである。
書くことによって記憶をなぞり、かつて味わった理不尽な思いや悲しみを追体験する。そしてそれらを燃やしてしまうのである。
生じた炎で自分の心の中を明るくすればいい、燃焼熱によって心を温めればいい。

ただし、やみくもに燃やせばいいと言うものではない。燃料を完全燃焼させるにはきちんと乾いている必要があるように、燃やしてしまう記憶も『枯れた』物でなければならない。
記憶を『枯れさせる』ことは、それなりに難しい。私も今のところ時に任せるしかないのが現状なので、今後も検討を続けたい。

燃やした時に生じる炎は、制御できなければ現実の炎と同じく火事の元である。自分自身も焼きかねないので少量ずつ慎重に燃やすことをお勧めする。
最後に、きちんと換気しなければ窒息するように燃やして手放す心構えがしっかりとしたものでなければ、燃やした本人は窒息し、煙に巻かれて苦しむのである。そして何より避けたいのは、それを読んだ人も同じ目にあいかねないということである。

何事にも細心の注意が必要なのである。
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