量子論

私は科学を生業にするものとして、物事を科学的にとらえて論理的に理解したいと思うのである。
一方で、科学の限界を感じることもしばしばあるのは事実である。
私にとって、科学とは単なるツールの一つであって、絶対的なものではない。科学で捉えた事象というのは、立体を平面への投影図で捉えるようなもので、その平面に投影されたものが円形であった場合は、科学的視点だけではその立体が球なのか円錐なのか円柱なのか、あるいはもっと不定型な形をしているのであるか、十分な精度を持った推測はできないのである。

さて、光というものは何なのか?
広く認識されている事実としては、光は波動である。
その証拠に、2本のスリット(細長い隙間)を通過させて、その向こう側にある壁面に光を当てた場合、光が当たった部分と影になった部分とからなる縞模様が現れる。これは2本のスリットからの光が波動として互いに干渉するからであり、それは波動の特性の一つである。

量子論では、光は波動としての性質と粒子としての性質を併せ持っているといわれている。そして、それは電子についても同じことが言えるそうだ。
そこで、1個の電子を2本のスリットを通して、その向こう側にある壁面にぶつけてみたとする。そして電子がぶつかった位置を赤い点で検出させる実験を何千回か繰り返すと光と同じように干渉による縞模様が得られるのである(実験①)。
一方、同じ実験で2本のスリットに何らかのセンサーを設置してどちらのスリットを通ったかを測定する実験を何千回か繰り返すと、干渉による縞模様は検出できないという(実験②)。
これは、『電子が確率として存在する』という、良くわからない理屈で説明されるそうである。実験①においては、電子は照射された点からスリットを通って、その向こうの壁面に当たるまでの間の確率として存在するために、2つのスリットのどちらを通る状況も可能性として存在し、その結果として何千回かを繰り返すと干渉による縞模様が生じるのである。
一方、実験②ではスリットで検出された時点で、スリットに至るまでの間に電子が存在できる可能性はすべて消えてしまうために、干渉による縞模様が生じないのだそうだ。

この現象から、私はパラレル世界を連想したのである。
私が連想するようなことなので、このような着想は使い古されたものであると思うが。
ただし、電子の可能性としての存在とパラレル世界との違いは、電子は『どこかで検出された時点で、そこまでの可能性は消失する』ことであって、パラレル世界は『消失できる状態にならなければ存在し続けるらしい』ということである。
これも使い古された概念かもしれないが、そこには『意識』というものが深く関与しているのではなかろうか?
私は、いろんな経験を積んできたのではあるが、電子になったことは恐らく無いのである。そして、電子に意識があるのかどうかは知る由もないのであるが、少なくともそれを検出するセンサーがない限り測定結果には反映されないので実験①と実験②のような結果が生じ、検出された時点で、その時点までの可能性が消失することになる。
一方でわれわれ人間には明らかに意識がある。物質としての世界に存在すると同時に意識の世界にも存在する物である。もしあなたが、『あの時、こうしていたら…』などと考えていた場合、その可能性というのはくすぶり続けるのである。そして『あの時にこうしていた世界』は存在し続けるのである。そして『あの時にこうしたおかげで成功を収めた世界』が存在する可能性も残り続け、意識の中でその世界にいる時分から自慢されたり嘲笑われたりするような気持になることもあり得るのではないかと思うのである。
そして、苦い後悔は果てしなく続くのである。
そこから逃れたければ、『あの時』の可能性を消し去ればいいのである。手っ取り早く言えば自分の中で『あの時』と折り合いをつけること。それしかないのである。

思いつくままに書いてきたが、これらは間違いなくいろんなところで使い古されたことであろう。
ここで重要なのは、ここに書かれていることそのものではなく、いろんな物事に対して自分なりに考えて説明をつけるのは大事なことであるということである。
物事を理解するというのは情報を単に集積することではなく、自分で考えたことと与えられた情報を突き合わせて取り込み、再構築していくことである。
私はそう思うのである。
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1. 別解好き

ある問題があって
それに対するオーソドックスな答えがあるとします

でも、ボクは別解の方が大好き^^v
別名、アマノジャクともゆう^^

ネットでスピリチュアルなサイトを覗くと
量子論がしょっちゅう出てきます

なんか安易だなぁ、と感じてます

「確率論」は純粋に数学的なもののはず
’大数の法則’を実地に実験で証明できるとは
ぼくには思えない
(無限の試行回数、無限の時間を
どうやって調達するんだろう^^)

「確率論」を理論に組み込んだことによって
人間の「解釈」を許してしまったという面も
あるのになぁ^^;

そうすると「解釈」をする
人間の「意識」にまで考察を進めるしかなくなる

んだけれども
「意識」を”実証”できるところまで
今の科学は進歩していない

ガリレオが
滑り台に玉を転がして見せたようには
「意識」を検証できない

難儀だなぁ^^;

2. Re:別解好き

>かつきちさん

ま、此処は頭の体操ぐらいが妥当です。
本気で考えるのは『意識』を検知するセンサーが開発されてからと言うことで。
(明日から本気出す的な展開)
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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