真面目と真剣とを区別しない人たち

今日は所要のために仕事を休んだのである。
私の仕事は、自分がするべきタスクをきっちり片付けていれば、比較的自由に休むことができる。
だがしかし、自分のタスクを効率的かつ高精度で仕上げても必ずしも自分の評価・報酬とは直結しているとは言い難い。余談ではあるが。

休むことの自由度が高い職場ではあっても、私のように簡単に休む者には多少の風当たりの強さはある。『彼は少し真面目さが足りない』などと批判する人もいるのである。
『私はむしろ不真面目ですが、誰よりも真剣に仕事をしている』これは私の反論である。ただし、それを理解できる人はほぼ皆無である。
『真面目』と『真剣』の違いは私の中での定義の違いというのが主な理由であるが、同じ職場で仕事をしていれば、なんとなくわかることであり、それを理解してくれる人もいるのである。

学生の頃、ハンドボール部の監督に訴えて聞き入れてもらえなかったことがある。それは試合の中でメリハリをつけるということである。試合全体の中で常に全力で戦っていると、肝心なところでエネルギー切れを起こすのである。
私の思想の根底にはそういう背景があり、仕事への集中というものについてもそういう考え方をするのである。
私にとって、真面目に取り組むというのは常に全力であって、力の入れどころと抜きどころを考えないことである。体力・集中力の面ではきついと思うし、無駄が多い。一方で、頭は使わないのでそちらの面では楽といえば楽である。
そして私にとっての真剣に取り組むというのは必要な時にリミッターを振り切るぐらいの集中をするということである。効率的だが、自分をコントロールする必要があり、リミッターを振り切るにはそれなりの鍛錬も必要である。
ただし、要注意なのは正しい方向に進んでいればいいのだが、とんでもない方向に進んでいる場合、スットコドッコイな方向に向かって爆走してしまうことである。そしてイノシシの如く方向転換や急ブレーキが効かないのが現状である。まだまだ改善の余地があるのだ。

どちらの動きがいいというのではないが、各自の特性に見合った動きを目指すのが理想である。その前提として、真面目と真剣の違いを見極めるのは必須である。
そう私は思うのである。
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