素直さと心の自由度について考えてみた。

『悪抱き参らせよⅡ』を読んだ。

トンデモな話はとても興味深く、楽しく読んだのであるが、ここでそれを論じるほどの知識は持ち合わせていないので、それは遠慮しておく。大変残念であるが。


素直であるということについては過去記事にも書いたように意味を取り違えていたのである。

従順であること、無抵抗であることと素直さは違うのである。


普段は化学技術者として働き、職場においては徹底して科学的根拠と論理性を追求する。

そして職場の少なくない人は私のことを融通の利かない人物として認識しているのであるが、仕事を離れると何の疑問もなくトンデモな話を何の苦もなく受け入れているのである。

この点をとらえても『私の心は自由なのだ』と実感せざるを得ない。


10年近く前のことであるが、仕事を中心にいろんな現象を目にしてきた。

理論的にあり得ない状況も目にしたこともある。

その結果、必要に迫られてある種の固定的な考え方を頭の中からアンインストールした。

だから、私は『~に決まっている』、『~は…するものだ』、『~は…であるはず』などの思考方法はほとんど使わなくなったのである。

ただし、ある種の諧謔や、皮肉として、あるいは制限や前提を明確したうえで使うことはある(例えば、『エネルギー保存の法則』から考えると、あり得ないので、どこかに見落としがあるはずだ など)。


恐らくは、その頃から心の自由を身につけていたのかもしれない。

そしてその自由さは、仕事のアイデアから雑談で笑いを得ること(要は『ウケる』こと)、さらにはDQN返しなどに活かされているのである。


だがしかし、いくら自由と言っても上には上があるのは確かであって、まだまだ不自由な部分や盲点は存在する。

『肉食をすること』と『肉を食べること』の違いについて、『自信をもって』わかったという状態ではない。

あくまでイメージのうえで漠然と『こういう事なんだろうか』と思うことはある。


さて置き、『★で素直』なだけでは十分でないことは言うまでもない。

昔は『具体的にどうすれば良いのか』と思い悩んだものであるが、無駄なことをしていたのだと思うのである。課題と進むべき道はおのずと開かれるのである。それを見出す目を持っていれば。

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