さらに思い出した昔の先生

今日も唐突に子供のころの先生のことを思い出したのである。

小学2年の担任は、1学期の半ばから産休に入り、代わって担任になったのが中年の男の教師。

ある日の国語の授業を今でも覚えている。

前の授業で、遠足を題材にしたのを採点して返していたのであるが、出来のいい作文を書いた生徒の名前を読み上げて褒めちぎっていた。

そして、『今から、へたくそな作文を読む』と言って読まれたのは私の作文であった。

読み終わった後、『返してやるから取りに来い!』と言われて前に出て受け取った後、お尻を蹴飛ばされて、『もっとまじめに書け!馬鹿者が!』と怒鳴られた。

以来、私は自分がまともな文章を書けないと思っていたのである。

そして、極力作文を避ける生活をしていたのであった。


それから10年ほど後、学生実験のデータをまとめてレポートを作成すると、良く纏められていると褒められることが何度かあった。文章は下手でも良く纏められるのだと思った。


以前、ネットの掲示板で知り合った人から、自分の事務所のホームページに気が向いたときで良いから適当な文章を掲載して欲しいと頼まれた。私の書く文章が気に入ったらしいのであるが、それなりに読者が付いたのであった(ついでにはからずもネカマ扱い)。

下手な文章でも好まれることもあるのだと不思議に思った。


3年ほど前に、他社との打ち合わせの議事録の作成を命じられた。それを読んだ前の所長から、『M2君は良い文章を書くね』と褒められたのであるが、いまいち実感はないのである。


自分なりの結論ではあるが、議論好きで口が達者なだけに、齢とともにそれなりの文章が書けるようになっただけのことであろう。そして、前の所長はねぎらいの意味も兼ねて褒めてくれたのであろう。

そして、思うのである。

生徒に対して暴力を振るわねばならないほどのへたくそな文章とはどういうものだろう。自分で書いててよくわからなかったのであるが、出来るならあの先生とじっくり語り合いたいものである。さらにできるなら、酒でも飲みながら。

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