犀の角

唐突ではあるが、いつかは今の職場を離れたいと思うのである。

それが転職なのか、移動なのか、仕事そのものをやめてしまうのか、そのほかの理由によるものかは問わないが。

現状では転職以外に選択肢はない。

そして、目下のところ転職は得策とは思えないのである。


この数年で、職場の人たちと価値観がずれ始めて日に日にそれが増大しつつある。

どちらが正しいとか上だとかいうことではない。違ってきているということである。

ただ言えることは、この職場の価値観に流されると利己的、排他的な意思のもとでの保身。

そこに追いやられていくのである。


出来ることなら、多くの人と連携し、相互扶助し、共存共栄していきたいのである。そしてそれを此処で説き、納得させようなどと思っていたのであるが、それが激流の大河を横切って泳ぐようなもので、泳ぎ切ることだけですり切れ、消耗し、対岸に泳ぎ着いたとしても目指すところとはかけ離れた場所と言うことである。一言で言えば無謀で無意味な戦いなのである。


その境地にいる人にとって、そこが最も心地いのである。たとえそこが地獄であっても同波長のものが最も心地いのである。

これはif さんが『ぐれん』などのブログで書かれていたことであるが、ようやくそれを実感として理解できたのである。


では、なぜ私がここにいなければならないのか?

今の私の心は、『たとえどんなに崇高な理念を持とうとも、それを動かす心が地獄にいる』からなのである。

判り切ったことを説いて、それを理解しない人に対して『判らないのだ』と判りつつ、潜在意識の中に怒りを溜めこんでいる。そしてそれに気付かずにいる(あるいは、その怒りが自分のアイデンティティーですらあるのかもしれない)。それは、此処から抜け出せるような心のレベルではないのである。


今、職場を離れたところで、私の前に現れるのはやはり同じような世界なのである。自分が心から自分の理想を求めるのなら、自分のレベルを上げることしかないのである。

頭では分かっていても真剣さが足りなかったのである。このことを思い知らされることが、このところ立て続けに起こるのである。真剣にならないとやばいのかもしれないと焦るのである。




『貪(むさぼ)ることなく、詐(いつわ)ることなく、渇望することなく、(見せかけで)覆(おお)うことなく、濁(にご)りと迷妄とを除き去り、全世界において妄執のないものとなって、犀の角のようにただ独り歩め』


『妄執の消滅を求めて、怠らず、明敏であって、学ぶこと深く、こころをとどめ、理法を明らかに知り、自制し、努力して、犀の角のようにただ独り歩め』


『慈しみと平静とあわれみと解脱と喜びとを時に応じて修め、世間すべてに背くことなく、犀の角のようにただ独り歩め』

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