20年前

20年前、家内と二人で賃貸マンションで暮らしていた。

地震が起こった時のことは今でも覚えている。


私が勤める会社は、被災地に倉庫を持っており、被災していたのである。

私が勤務する工場ではそれ程被害はなかったのであるが、工場や組合の幹部は甚大な災害を目の当たりにしてテンションが上がり、さぞかし困っているだろうと被災地の状況もろくに確認せずに『救援チーム』への参加者を募ったのであった。


私は真っ先に志願したのであった。

私が被災地に行ったのは20年前の明日であったが、ひどい有様であった。

倉庫に到着すると、濃縮スープや乾燥野菜など、インスタント食品の素材が保管されていた倉庫が数棟が半壊状態で、日本酒と焼酎が保管されていた倉庫は強烈な酒の匂いが漂い、割れた瓶の破片で埋まっていたのであった。

水は貴重品である。

濃縮スープが一面にこぼれた床は拭きたくても更けない状態であった。

そこで、こぼれずに残った酒や焼酎をかき集め、それを使って拭きとることにした。

四方は一斗缶の山に囲まれ、足元は濃縮スープですべりやすい状況であった。

後輩と二人でそこに籠り、拭き掃除をしている最中に大きな余震に襲われた。

足元が滑り逃げ出せない。後輩は頭が真っ白になって動けない。

一斗缶の山が揺れている。

私は腕力だけで後輩を投げ飛ばし、屋外に叩き出した。一斗缶数個の直撃を受けた。

しばらくして余震は治まった。ほんの数秒であったが、長い時間に感じられた。

そして、前日の本震を思うとさぞ恐ろしかっただろうと感じたのであった。


一日の作業を終えて職場に戻った。

救援チームを引率(彼らの表現では指揮)した工場次長、総務課長、労組書記長の3人は自らの善行に得意満面であった。そして、メンバーを会議室に集め、感想を募った(社内報に掲載してもらうために)。


そこでまず私が口を開いた。かなり頭に来ていたのであった。

『メール連絡が復旧したのなら、状況と必要な装備を確認するべきだったのではないでしょうか?』


工場次長はそれに答えた

『お前は、助け合いよりも自分の安全のほうが大事なのか!』


私はさらに言った

『そう言うことではありません。あの場でけが人が出たら、却って迷惑だったということです。事務所でたばこを吸って、貴重な水で沸かしたお酒を飲み、雑談で一日を過ごした人にはわからないでしょうが』


周りのメンバーも続く

『日持ちしなさそうなパンを差し入れとして持参するのは迷惑だったのでは?』

『貴重な水や食料から私たちの食事の世話をしてくれたが、自分たちの水や食料は持参すべきだったのでは?』

『状況を確認せずに大勢押し掛けたのはかえって迷惑だったのではないのか』


主に若手から批判的な意見が続出であった。

第2陣はよく考えたうえで出されたのは言うまでもない。



当時は、善意と感情が暴走した工場と組合の首脳を批判したものであった。

そして今思うのは、当時の私もさほど彼らとは変わらないのである。

私が彼らを批判したのも理性ではなく、主に感情によってであったから。

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1. 不謹慎にも

「後輩を投げ飛ばした」場面で笑ってしまいました。関係者が皆さん無事で良かった。

2. Re:不謹慎にも

>if・・・さん

やっぱりそこは笑うところですね。うちの会社でも投げ飛ばした部分だけが語り継がれて大変でした。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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