決別の時が近いのかもしれない②

昨日、上司とモメているような記事を書いたのであるが、私の視点ではそうではないのである。上司や状況を知っている人たちにはモメていると映るのだろうとは思うのであるが。

私にとっては上司との間に価値観や考え方の違いがあり、それは埋めることも乗り越えることもままならないことであると言う事実を自覚しただけのことである。

しかしながら、当事者の一方がモメ事と認識し、力関係の上でそっちのほうが強ければそれなりの動きはあるものである。私にとっては、それは不毛な努力でしかないとしてもである。

昨日ここまで書いて、書いたことで自分の中で言語化されていなかった部分が整理されて状況が開けることを期待したのである。この記事を書いている途中で、昔のおみくじのことが思い出されたのである。そしてそれがどうも気にかかるので、意味のあることだと思い、記事にしておいた(『五頭龍』参照)。


そして一夜が明け、さらに考えを進めることができたのであるが、この古いおみくじに書かれていたことがそのきっかけとなったのである。

恐らく、これで気づかなければ今晩の夢辺りで、五頭龍大神様から五つの頭で口々に説教されていたのかもしれないのである。


さて置き、今回の件は『魂の戦』であると前の記事にも書いたのであるが、上司との価値観・見解の違いによる摩擦や衝突と言うのは過去にも何度かあったのである。

私はそのたびに感情をこじらせていたのであるが、言わば『魂の戦 予選敗退』を繰り返してきたのだと思うのである。ここへ来て、ようやく本選の場に立つことができた、そういう状況であると思うのである。


気が早いのかもしれないが、『魂の戦』を乗り越えるということはどういうことなのだろうか?そのことについて考えてみたのである。

そして思い当たったのは、私はここで『負けずに乗り越える』ことと『勝つ』ことを混同して同一視していたのだろうということである。

よくよく考えてみると、『魂の戦』の本質上、それらは同じであるはずはない。そう言うことに気付かずにいたのである。

では、『負けずに乗り越える』とはどういうことで、その先に何があるのかと言うことであるが、今の私にはまだわかっていないのである。

そして、それに対しては『持ち前の解析能力を駆使して論理的に考察し、予測する』という姿勢は不適切であることは言うまでもないのである。ここはワクワクしながら待ちたいものである。


そして思うのである。

この『魂の戦』は私だけに与えられたものであるのだろうか?

その答えは恐らく『NO』である。

上司にとっても、別の次元での『魂の戦』なのだろうと思うのである。

どうか乗り切ってほしいものだ。

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