両親訪問の結果④

小出しで申し訳ない。


今日は両親訪問時の母親との会話から思ったことである。


両親はJRの駅近くの公営住宅に住んでいる。

父親がCOPD患者で障碍者認定されているためにバリアフリーの部屋に住んでいる。

近くにスーパーマーケットや各種店舗が多く、暮らしやすい立地である。

そのことに感謝しているとのことだ。そして、その前に住んでいた借家は生活に不便なところであり、その家のことは悪しざまに言うのである。

また、父親がお世話になっているお医者さんはとてもよく面倒を見てくれて、献身的で親切なのだそうだ。そしてとても感謝しているのだという。一方、その前にかかっていたお医者さんはあくまで事務的であったそうで、『あのやぶ医者』と呼んでいる。


現状に対して感謝の心を持つことは良いことだと思う。一方で、その前のあまり良いとは言えなかった状況に対してどんな感情を抱くのが良いのだろうか?

両親に問いかけたが、その問い自体が理解できないもののようであった。

私の考えでは、前の状況が無ければ今の状況のありがたさがよくわからないのではないのかと思う。寒い雨の日があってこそ、暖かく穏やかに晴れた日のありがたさを知るのである。

私自身に置き換えると、この両親に育てられたからこそ家内や息子がいてくれることがどれだけ有難いかがよくわかるのである。

残念ながら、両親はこのことを理解できるレベルには無いようであった。


さらに私は思うのである。

自分の行為が、仮に人を助けた場合、お礼を述べるべきなのはどちらなのだろうか?

一般的には助けられた人がお礼を言うのである。

だが、私は思うのである(ときどき)。人のためになる行為をしたとき、自分の心は少し明るいものとなる。そのことで自分の運命が開けていくのだと思うのである。

そうだとしたら、むしろ助けた人に感謝するというのもありではないかと思うのである

まあ、相手にもよるだろうと思うのが今の私のレベルではあるのだが。

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1. やっと分かった気がする^^

托鉢の修行者に施しを与えるとき
感謝するのは修行者ではなく
施しを与えたほうだ

という話を聞いたとき
「なんじゃそりゃ!」(?_?)
だったのですが

この記事で、あぁそういうことか
と分かった...気がする^~^

2. 心から

心から同感です!(=´∀`)人(´∀`=)
「相手にもよる」というところも!

3. 観音様の話

大昔、東北の親戚の家に行ったら子供用のマンガがあった。着色されたマンガ。
それは観音様のパワーをマンガにしたもので信仰の態度みたいなものを分り易く描いてあった。
その中に有った話。江戸時代に商人(あきんど)がお寺にお布施をした。商人は和尚さんがお礼を言うのを待っていたが和尚さんは何も言わない。商人「和尚さん、何かお忘れではありませんか?」和尚「はて?」
その後和尚はお布施の意味を檀家に教えた、という話(作り話だろうが)をいつも思い出す。
感謝されようと思って「善いこと」をするなよ、ということですね。

4. Re:やっと分かった気がする^^

>かつきちさん

きちんと悟ったわけではなく、おぼろげながら見えたと言う感じなので、ミの次元では私も『なんじゃそりゃ』な状態です。
これからミにつけていきたいと思います。

5. Re:心から

>あやにゃんさん
ほんと、相手によります。

昔、職場にいたんですが、『自分は弱いから守られたり、親切にされるのは当たり前』と思っている節があるやつがいました。
そんな奴は論外です(当時は〇すと思いましたが;○には適当な感じを当てはめてください)。

6. Re:観音様の話

>if・・・さん

善いことをして『善いことをした』と自覚することで、せっかくの善行が帳消しになるんだとかそういう話を仏教関係の本で見たような記憶があります。
この場合も『無駄な感情を動かさないこと』ですかね。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
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