自由と言うもの

自由でないのに、自由であると考えている人間ほど奴隷になっている


現代に生きる私たち人間は、ある意味において自由を謳歌していると言える。

ただし、自由は人の自由を損なわないための配慮を必要とする。

それは人間が社会的な生き物だからである。

当然、社会生活を行う上では法や社会規範の制限を受けるのはやむを得ないものであろう。

それが自由に伴う、人としての最低限の義務だと思う。


さて、私たちはどれほど自由だろうか?

私たちは無意識にいろんなものに縛られて生きているのである。

他人からの評価、世間体、その他諸々。

意識して、無用の摩擦を避けるために我慢する。それは自由ではないが、自分の意志でそれを選択しているのはある意味で自由である。

一方で、それを意識しないで生きるのは奴隷状態であると言っても過言ではない。


私は、時々必要を感じて暗黙のヒエラルキーを無視することがある。

そして、『空気を読まない奴』、『変人』の称号を得ることになる。

私は最低限の配慮はしているが、根拠のない縛りには応じないだけである。

非難されようと一向に気にしないし、彼らよりも私のほうが少しだけ自由であると思うのである。

そこで、彼らに合わせてやると言う選択肢を選ぶ自由もあるのも事実ではある。

そして、私もすべてから自由になったわけではない。相変わらず何かに縛られて生きている。

それを自覚している。

この点において、少しだけ自由だということである。

出来ることなら、生きているうちに奴隷状態から抜け出したいものである。





およそ哲学と言うものは、常識をわかりにくい言葉で表現したに過ぎない。


上の文章のことである。

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