過去の人たち

学生の頃は、ハンドボールをやっていて、2コ上の先輩たちと仲が良かったのである。
そのうちの一人で、私と同じポジションの先輩がいて、この人は師匠であり目標であった。
この先輩からはいろいろと可愛がってもらいもしたが、質の悪いイタズラもされたこともある。

半年前にその先輩から職場に電話があったのだが、私の弟子にあたる2コ下の後輩と偶然会って、私のことを思い出して懐かしくなり、機会があれば会おうという、ベタベタの私用電話であった。
旧職場に問い合わせて、今の職場を教えてもらったそうである。

当時は、情報セキュリティーの観点で教えた奴をしばいてやろうと思っていたが、教えた奴をつきとめるチャンスが来ると忘れてしまう。そう言うことを繰り返していた。多分、何かの意味があることだろうと放置していたのである。

先日、東京に学会出張に行く機会があり、ついでに会って飲むことになった。
その先輩は、昔の自分の行動があまりにダメダメだったので、『被害者』に謝って回っている。と話していた。
それをきっかけにいろんな過去の人たちとつながりができ始めている。

学生時代以前の知人とはほとんど連絡を取らずに過ごしてきたのだが、学生のことの友人・知人からの連絡がにわかに増えているのである。過去を清算するときに来ているのかとも思うのであるが、そうでもなさそうなのである。

思えば、これまで自分が年を取っていくという事をほとんど考えずにいたのである。思えば自分も50歳で、あの頃にはイメージできなかった自分がここに居て、その自分が同じく50歳になった『あいつら』とどんな話をするのか楽しみであり、新しい世界が広がるのかもしれない。そう思うことにしている。
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『態度』

『戦士!』のほうで『態度』について書いているが、終わり次第ロッド鑑定メニューにいれようかと思っている。
ただ、自分をよく観察して客観視すれば見えてくるものでもあるので、そちらの方が理想的ではあるが・・・。
ということで、鑑定メニューに入れるかどうか、正直なところ迷っているのである。
別に『拍手』を催促しているわけでは無いが、ひそかに決めた『拍手』の数を超えれば鑑定メニューにいれようと思っている次第である。

ちなみに私の『態度』は、昔は明らかに『皮肉主義』であったと思う。
かなりマイルドではあるが、私の両親は間違いなく毒親で、私は搾取用の子供であり、機嫌のいい時は愛玩用の子供であった。
だから、『皮肉主義』の態度は自己防衛であったのだと思う。
その後、家内に助けられて自己防衛の必要性がないとわかっていくことで『現実主義』に転じ、今は『理想主義』に変わったと思う。
ロッドでは未鑑定であるが。

このように態度は変えることができるそうである。

人は自分以外の何者かになることはできない
人は望むものになることができる。できなければ世界を変えればいい


『イコライザー』という映画でのデンゼル・ワシントンのセリフであるが、自分の本質は変えることのできないオーバールーフによって成り立っている。
なりたい自分がわかれば、『態度』を変えることで世界を変えることができるのかもしれない。
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一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

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