態度

私の『態度』は、おそらく『貪欲』である。
前世で、遊牧民族のシャーマンだった頃、自分の所為で部族が全滅して愛してやまない人たちも、大切なものも、すべて失った経験があるらしい。
それは今も魂に『トラウマ』として刻まれている。

おそらく私の『態度』は、そのトラウマとの闘いなのである。
そう思ってみた次第である。
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貴重なもの

ときどき、仕事の案件で前職場の人が現職場に来るのだが、どうも人材不足(というよりも労働力不足)らしい。
机に座って頭の先で四の五の言う人(大半は・・・残念)は多数いるが、実際に手を動かす人の数は限られている。

私はこれを『船頭多くして・・・(以下略)』と呼ぶ。

で、前職場の人が来るたびに私に言うのである。

一夢庵さん。こっちに戻ってきたい希望はないですか?

そのたびに『無いです』と即答するのであるが、その頻度の多さに少し引くのである。
機嫌の良い時には・・・

希望とは星の光のように遠くて小さいものです。
でもそれは、月のように欠けたり無くなったりはしない。
だから、希望を抱く者は暗い夜にその光を見続けなければならない。
俯く者にはそれを見ることはできない。


などと、わけのわからないことを言って、煙に巻くのである。

私のような下っ端サラリーマンは、会社の都合で『手品で出されてイカサマで消される』ような扱いを受けるのが常なので、さほど遠くない将来に呼び戻されるかもしれないと思っている。

期限は切られていないが、いずれはここを去らなければならない。それをリアルに感じている。
時間を意識しないと、時間の貴重さを思い知ることは無い。
私がここにいる時間が限られている。それをしっかり自覚することで、これからの私の時間はこの上なく貴重なものになったと思う。

前職場の人に対して、これまでの関係を考えると『どの面を提げて・・・』という気持ちは今もある。
一方で、私に『時間の貴重さ』をもたらしたのは、まぎれもなく彼らである。
そこは感謝すべきだと思う。

などと言ってみた。

口の利き方には気を付けたほうが良い

東北の地震からかなり時間が過ぎているが、いまだに復興が完了していない。

東京あたりで政治や経済にかかわる人達の本音って復興大臣の不適切発言に近いところにあるのではないかと邪推している。
少なくとも『人ごと感』が垂れ流され続けているように見受けられる。

少なくとも、国政に関わる人は口の利き方には気を付けたほうが良い。
あるいはこのドタバタの陰で何が進むのだろう?

『態度』の鑑定について

予想外の『拍手』の多さに驚いています。
多くて7個ぐらいかと思っていたので、10以上あれば鑑定を受け付けようと思っていたので、『戦士』のほうの更新が追い付かなくて焦りました。

今日から鑑定の受付を開始しようと思いますが、『態度』と次に開設を予定している『主特性』などは、自分自身を客観的に見つめることで浮き彫りになるものなので、ロッドの鑑定結果は答えと言うよりも検証のツールとして捉えていただくのが良いかと思います。

たぶん

古代中国』に書いたことは、『風の声を聞く男(ここここ)』に書いた前世でのトラウマに真剣に向き合った(克服した覚えはない)結果として出現した前世ではないかと思う。あるいは、克服するための来世かもしれない。

などと妄想してみた次第である。

古代中国

昔から古代中国が気になっていて、三国(魏、呉、蜀)以前の歴史小説を好んで読んでいた。
あと、『西域』と呼ばれていた地域も気になっていて、これらの地域や時代に前世があるのだと思っている。
おそらく、前に書いた『風の音を聞く男』は『西域』でのことだと思うのである。

さて、私の前世カードの結果であるが・・・

報われない愛
戦争と戦い
農場


である。

そこにどんな前世があるのか、しばらく考えていた。
先日見た夢はそれを暗示させるものではないかと思うのである。

周王朝の支配力が衰え、各地の諸侯が領土争いに明け暮れた春秋・戦国時代。
その頃の前世として、戦国時代に活躍した『孟嘗君 田文』であったことをロッドで調べたことがあった。
この夢で見たのはその100年ほど前。
春秋から戦国時代に移り、戦乱は殺伐さを増して庶民の暮らしは『塗炭の苦しみ』と言われるほど過酷な時代であった。

私は魏の片田舎の村に、農家の三男として生まれ、幼いころから畑仕事をしていた。
ある日、魏で遊学していた学者に出会い、彼の下で働き、学ぶことになった。
その学者は、『雑家』に分類される教義を持ち、『墨家』に近い思想を持っていた。
何よりも仁と義を重んじた。
20年近く経ち、私はその学者の後継者として頭角を現していた。
その間にも諸侯たちは領土争いを繰り返し、庶民は踏みにじられ続けていた。
諸侯たちにとって、理想的な平和とは自らが『覇者』となって戦乱を調停するということであり、庶民たちはそのための駒でしかない。
私は、庶民たちを救うことがひいては祖国のためになると信じて、そのために学問にはげみ、政策として昇華できる見込みを得て魏の王のもとに『説客』として、自分の政策を論じた。
私にとっては『民あっての国』であり、王にとっては『国あっての民』である。
私の政策は『妄言』と見做されて追い返された。
その後、諸国を『説客』として巡って遊説を続けた。
私にとって、国王や諸侯への遊説は『戦い』であり、それを支えたのは乱世への怒りであった。その裏にあるのは理想とする世界に対する希望と、自分を風汲めた庶民に対する愛情であったが、晩年になるまでそれに気づかなかった。
長い遊説生活の末にそれに気付いた。

戦乱の中心から外れた位置にある大国である楚の田舎に移って自給自足の生活を始めた。
温暖な気候のおかげで飢えることなく暮らしていき、難民・流民が集まり、一つの社会を形成するようになった。
そこで教場を開き、自分の持つ学問と政治思想を教えつつ助け合って暮らした。
一生をかけて救えたのは、その数十人の人たちだけであった。


かなり長い夢のようであったが、ほんの数時間の夢であった。
数十人しか救えなかったというよりも、自分のできることはやり切ったという満足感と、後は次の世代にゆだねたという感覚が残っていた。

やってみた

ピタゴラス数秘占いの結果である。

あなたの生命力の数字  「 9 」
あなたの達成力の数字  「 1 」
あなたの精神力の数字 「 7 」
<★タイプ>
壮大な夢の開花
<★適職>
福祉関係、公共サービス業、教師、大学教授、外交官、出版業、俳優、宗教家、翻訳者、社会学者、評論家、天文学者、芸術家、園芸家、ヒーラー
<★同じタイプの著名人>
シャーリー・マクレーン

<■基本的な性格>
 全てのタイプを包括するような懐の深さを持っています。他のタイプの性質が少しずつ含まれ、それらがケンカすることなく穏やかに融合しています。そのような包容力は広い視野を与え、人類が抱える問題へ意識を向けさせます。奉仕精神に溢れ、実際に奉仕的な仕事に就くこともあるでしょう。また、意識の広がりは外国や学問への興味、宇宙やスピリチュアルな世界へおよび、どのようなジャンルであれ、広い見識を持つことでしょう。
<■あなたの問題点>
善良な意図の下に行動していますが、特に虚栄心が強くて自分をスーパーマンや聖人のように演出したがる傾向があります。そのような気持ちに振り回されてしまうと、慈愛が自己愛に変質し、本来の意図と実際の行動がバラバラに分裂してしまうことでしょう。
<■人生を通じて学ぶべきこと>
 何かを失敗したときは、それはそこで立ち止まって自分のあり方を見直す機会が与えられたということで、自己という土台を堅固にして、そこから意識と行動を広げていくことを学びましょう。
<■生命の力(才能と資質)>
不快な物事を魅力的に、無価値なものを美しく、そして、バラバラな人々を一つにまとめて奉仕的な行動に導く生来の能力があります。存分に発揮されたとき、全ては調和に向かい、一つの完成にいたります。完成と創造力にも優れ、主に芸術分野でその際のを発揮できます。更に、広い視野と高い学識を持ち、教育的な仕事に関わることも多いはずです。その場合、専門的な技術というよりは、大学教育など幅広いジャンルの学問を総合的に教えるような場が向いています。俯瞰(ふかん)的な視野を持つので、たような要素をバランスよく組み合わせた総合的な学問に向いています。
<■精神の力(情熱や興味の方向性)>
物事を適切に、正確に行うこと、あるいは把握することに対して大きなこだわりを持っています。何かの知識を得る場合でも額面どおりに受け入れるのではなく、その背景にある動機や原因、法則を知りたがり、論理的に証明可能なものだけを受け入れる傾向があります。このような性向は他者からみると、機械的で冷たい印象となることもありますが、そうではなく、「論理に対して情熱的」というのが正しい理解です。
<■達成の力(社会における使命)>
常に新しいことに取り組んで、人々に新しい息吹を吹き込むという使命を持っています。そのため、どこかに安住することなく、常に自らの人生に新たな展開をもたらして前進させなければなりません。


特に『精神の力』はよく当たってると思うのである。

このタイミングで

先日、天竺を目指して見事に玉砕したのだが、週末に友人と一緒に自転車で出かけた帰りに寄ろうということになったのである。
週末は天気が悪そうだが、自転車は中止でもカレーは雨天決行となった。

だがしかし、このところの疲れのせいか口内炎ができそうになっている。
前歯の下あたり。

このタイミングで・・・。
カレーがおいしいかというよりも、ネタとしておいしいのかもしれないが、そういう苦行は避けたいものである。

過去の人たち

学生の頃は、ハンドボールをやっていて、2コ上の先輩たちと仲が良かったのである。
そのうちの一人で、私と同じポジションの先輩がいて、この人は師匠であり目標であった。
この先輩からはいろいろと可愛がってもらいもしたが、質の悪いイタズラもされたこともある。

半年前にその先輩から職場に電話があったのだが、私の弟子にあたる2コ下の後輩と偶然会って、私のことを思い出して懐かしくなり、機会があれば会おうという、ベタベタの私用電話であった。
旧職場に問い合わせて、今の職場を教えてもらったそうである。

当時は、情報セキュリティーの観点で教えた奴をしばいてやろうと思っていたが、教えた奴をつきとめるチャンスが来ると忘れてしまう。そう言うことを繰り返していた。多分、何かの意味があることだろうと放置していたのである。

先日、東京に学会出張に行く機会があり、ついでに会って飲むことになった。
その先輩は、昔の自分の行動があまりにダメダメだったので、『被害者』に謝って回っている。と話していた。
それをきっかけにいろんな過去の人たちとつながりができ始めている。

学生時代以前の知人とはほとんど連絡を取らずに過ごしてきたのだが、学生のことの友人・知人からの連絡がにわかに増えているのである。過去を清算するときに来ているのかとも思うのであるが、そうでもなさそうなのである。

思えば、これまで自分が年を取っていくという事をほとんど考えずにいたのである。思えば自分も50歳で、あの頃にはイメージできなかった自分がここに居て、その自分が同じく50歳になった『あいつら』とどんな話をするのか楽しみであり、新しい世界が広がるのかもしれない。そう思うことにしている。

『態度』

『戦士!』のほうで『態度』について書いているが、終わり次第ロッド鑑定メニューにいれようかと思っている。
ただ、自分をよく観察して客観視すれば見えてくるものでもあるので、そちらの方が理想的ではあるが・・・。
ということで、鑑定メニューに入れるかどうか、正直なところ迷っているのである。
別に『拍手』を催促しているわけでは無いが、ひそかに決めた『拍手』の数を超えれば鑑定メニューにいれようと思っている次第である。

ちなみに私の『態度』は、昔は明らかに『皮肉主義』であったと思う。
かなりマイルドではあるが、私の両親は間違いなく毒親で、私は搾取用の子供であり、機嫌のいい時は愛玩用の子供であった。
だから、『皮肉主義』の態度は自己防衛であったのだと思う。
その後、家内に助けられて自己防衛の必要性がないとわかっていくことで『現実主義』に転じ、今は『理想主義』に変わったと思う。
ロッドでは未鑑定であるが。

このように態度は変えることができるそうである。

人は自分以外の何者かになることはできない
人は望むものになることができる。できなければ世界を変えればいい


『イコライザー』という映画でのデンゼル・ワシントンのセリフであるが、自分の本質は変えることのできないオーバールーフによって成り立っている。
なりたい自分がわかれば、『態度』を変えることで世界を変えることができるのかもしれない。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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