体脱?

昨夜は帰りのバスで熟睡したために寝つきが悪いと思っていたが、布団に入って数分で寝てしまった。
いつものことである。

気が付くとエレベーターのような狭い密室にいた。
扉は今住んでいるアパートの玄関と同じもの。
開けようとしたが、鍵がかかっているようであった。
閉じ込められたかと、一瞬パニックになりかけたが、持ちこたえた。
振り向くとアパートで寝室に使っている洋間の扉があったので開けようとしたら、扉を通り抜けた。
『なんか、体脱っぽいのか?』などと思い、体脱ならこのまま空中浮遊できるはずだと思ったとたん、体が浮かび上がった。
と思ったら、急速に宙返りして自分が寝ている布団にたたきつけられた。


そこで目が覚めた。
右の耳が、泳いだ後で水が入った時のように違和感があったが、少し経つと治った。

いったい何だったのか?
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謎の・・・

北陸某所で暮らしているアパートにいると時々襲ってくる、謎の呼吸困難が今日もあった。

去年の秋ごろ、ひげそり中にシェーバーから錆臭いような、何とも言えない弱い刺激臭がしてきて、気管から肺がいがらっぽくなって息が苦しくなった。
それをきっかけに、1週間に1回あるか無いかの頻度で突然この弱い刺激臭に襲われる。
襲われる前に予感がある。『来るようだな。困ったな』と言った感じ。
布団を片づけているとき、洗面所で歯を磨いているときなど、突如として襲ってくる。
懸命に呼吸を整え(咳をすると負けかもしれない。一度止まらなくなって死にそうになった)、自分を冷静に保ち、何とか乗り切る。
乗り切った後は、その匂いの痕跡はなく、初めからそんなものは無かったかのようである。

数か月は襲われることもなく、すっかり忘れていたのである。

今日、帰宅してすぐにトイレに入り、出てきたときに襲われた。
バランス感覚もおかしくなった。
その状態が治まった次の瞬間にはその匂いは完全に消えている。
そして今回、特異であったのは治まってから2~3分後に今度はファンヒーターの温風からその匂いがして、再び呼吸とバランス感覚がおかしくなった点である(ファンヒーターの電源を切り、呼吸を整えて回復した)。
何とか持ち直した後、ファンヒーターを起動して、噴き出してくる風の匂いを恐々嗅いで観たが、全く匂いはない。

謎である。
そして、奇妙なのは、そんな目に遭いつつ、全く恐怖心がないことである。
一応、気持ち悪い気はするのであるが・・・。

憑依体質

何度か書いたことがあるが、そう言われたことがある。
別段どうも思ってないのであるが、時々そう思うとしっくりする出来事がある。

こんな状態のときに、例えば百均などの店に行ったりすると出れなくなる。
意味もなく店内をうろうろと見て回ってしまう。
時々、確かに面白いが1週間もすると放置が確定しているような無駄なものを買い込んでしまう。
そういうことが過去に何度かあった。
今はそういう状況になっても『昔、出れなくなった状態』であることを自覚して店を出る。

そういう時は『何かがぶら下がっている』と自覚しているし『普段よりイラつきやすい傾向がある』と自己観察をしてやはり自覚している。

概ね、そんな状態で帰宅すると、家内は私を見るだけでイラっとするらしい。
いずれにしても、何が付いてくるのか分からないのであるが、概ねろくでもないものであるというのは言うまでもない。
依然として、そんなろくでもないものが来る足がかりが私にはある。
意識のレベルについて、振れ幅の下限がまだまだ低いところになるのだろうと思うのである。

なんとかせねばなるまい。

地震があったあの日のこと

ふと思い出した。
以前、前のブログにも書いたかもしれないが、覚えているうちに書いておこうと思うのである。

2011年3月11日
私は息子とともに信州の山奥のホテルにスキー旅行に行っていた。
その日の午後に家内からのメールで震災のことを知った。
同日だったと思うが、信州でも地震があった。
その夜は眠れずにいて、明け方近くまで地震のニュースを見ていたと思う。

うつらうつらしていると、金縛り状態ではなかったが、体が熟睡していて意識が完全に起きているような状態になった。
そして、意識だけになった自分は、明るくて真っ白で暖かく心休まる空間にいた。
そこを便宜上『どこでもない場所』と呼ぶことにする。

『どこでもない場所』に浮かんでいた私のところに、意識だけになったどこかの爺さんが来た。

爺A 『やっと体から離れることができた。これから孫の顔を見に行って昇っていくんです』
爺B 『寂しいけど仕方ないしね』
婆A 『ご縁だからね』

意識だけなので、当然顔も体もない。私も意識だけなので、彼らが見えたわけではない。ただ、彼らを感じただけであったが、彼らは穏やかな笑みを浮かべているように思った。
その少しあと、自分の『フゴッ!』と言ういびきで目を覚ました。

勝手に憶測したところ、彼らはあの震災の犠牲になった方たちではないかと思う。恐らく、言い表せない苦しみを体験されたのだと思う。一方で、あの穏やかさは何だったのか。私が知りえない境地にあったのだろうか?
そればかりは憶測しようもないのである。

そして思う。なんで面識もない私のところに来たんだろうか?
彼らは今どこにいるのだろうか?
ついでに、『どこでもない場所』にいた私は、いびきによる睡眠時無呼吸で死にかけていたんだろうか?

臨死体験モドキ

中2の年の正月。
小さい頃から両親とあまり折り合いが良くなく、とりわけ母親とはそりが合わなかった。
家にいると息がつまりそうで、かと言ってグレて家を飛び出す勇気もなく、打算的な感じでまじめに過ごしていたが、とにかく家にいるのが苦痛であった。
正月早々に自転車で出かけた。
車にはねられた。
視界は真っ暗で何も見えず、その割に意識はしっかりしていた。
救急車が来て、救急隊員に自分の名前を告げ、救急車に乗せられたことも覚えている。
何も見えない割に、救急車がどこを走っているのか把握していたことも覚えている。

近所の外科病院に運び込まれたことも覚えていて、部活で怪我するたびにお世話になっていた院長先生に話しかけられたこともよく覚えている。
その後、意識がなくなったらしい。
覚えているのは、自分の体を離れて病室の天井近くを彷徨い、病院の廊下から玄関を飛び出して、病院の正面にあった赤レンガ色のビルの前を空に向かって飛び上がっていったこと。

その後、空高く浮かんだ状態でゆっくりと休んでいたことを覚えている。
周りはまぶしいぐらいの太陽の光。
暖かく包まれているような感じで、心から安らかで心地よかった。
淋しさも悲しさもなかった。すべての苦しみや束縛から逃れることができた開放感。
どこからか声が聞こえてきた。

『これで終わってはいけない』
『まだするべきことが残されている』

何気なく上を見上げた。

上を見上げると、猛スピードで何かが近づいていた。
一瞬見えたのは緑色の竜のような生き物。
あっという間に私を飲み込んだ。


手が暖かかったのを覚えている。
母親が私の手を握りしめながら居眠りをしていた。
少しずつ意識がはっきりしてきた。
病室で寝ている。
ありげな展開なら、ここで母親の愛情を知り関係が改善するところだろうと思う。

だがしかし、なんかげんなりした。
これから退院まで付き添われるのかと思うと気が重い。
私に残された『するべきこと』にはこの母親と病室(個室)で顔を突き合わせて過ごさなければならないという、『荒行』も含まれているのだろうか。

その後、早く退院したいという強い思いの所為か、院長先生が『ちょっと信じられない』と言うぐらいの回復力を示し、1か月足らずで退院した。
実は、両親は『覚悟を決めておいてください』と言われていたそうだ。
少なくとも後遺症は残るだろうと言われていたが、その兆候はいまだない。
たぶん。
プロフィール

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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