私の母

私の母は、時々『念』を飛ばして来るのである。

私は、両親と兄との付き合いにはうんざりなので、連絡を取るのは必要最小限である。
父がそこそこ重篤な病気で、回復の見込みがなく、入退院を繰り返している状況(本人は機嫌よく過ごしている)にあっても、である。
母は、子供のほうから、少なくとも盆暮には連絡をするものだという価値観があり、それをしないと『念』を飛ばして来るのである。
その影響は他愛無いもので、家内との会話の中に『私の両親に関するネタ』の比率が極端に上昇するというものである。
加えて私は多少イライラしやすくなるという程度である。

この盆も例年通り、飛ばしてきていたようであるが、今年は趣が違っていた。
子供の頃に受けた兄の嫌がらせの数々を、何の前触れもなく思いだすのである。
大切にしていたものをかなり壊されていたので、数発殴ってやりたいが、ここからだと手が届かないのが残念である。

思うに、兄が最近両親と距離をとるようになったそうで、私に助けを求めているのかもしれない。
ようやく兄にされたことを理解したから、戻ってきて助けてほしい。などと思っているのではないかと推測している。
だがしかし、私にはそんな筋合いは無いのである。
小さい頃から兄とは何かと差をつけられて、我慢させられ、いろんなものを譲らされてきたのである。
『お兄ちゃんは、大きくなったら親の面倒を見るという苦労をしなければならないから』という理由である。
なら、兄がきちんと面倒をみて、私はその手伝い程度をすれば良いはずである。
損得勘定ではない。
言ったことは必ず実行するということを子供に教え、強いて来たのだから、自らがそれを破るというカルマを作らせないためである。
兄については、良いとこ取りと言うカルマを作らせないためである。
大変親孝行で、兄思いなのである。

などという言い訳をしつつ、今年も実家には顔を出さなかったのである。
そこそこの頻度で親不孝呼ばわりもされるが、知ったことではないのである。
それは定義の問題である。
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お盆休みも明日まで・・・

お盆休み中は、ダラダラと過ごしてしまった。
休みが続くと、却って疲れるような気がするのである。
学生の頃は1か月以上の休みがあったので、良く体力が持ったと思ったのであるが、ほとんど部活とアルバイト(肉体労働)で過ごしていた。ほとんど休んではいなかったことに思い当たる。

だがしかし、確実に夏の暑さが堪えるようになっていて、年々それがきつくなっているのが現実である。
若くはないのである。

まともなことを言ってはりますな

私は、個人的にスポーツが好きで、高校生の野球の全国大会は好きである。
だがしかし、高校野球は大嫌いである。
春も夏もお花畑脳の左翼メディアが主催なので、お涙頂戴の美談がうざい。

この記事は、大変まともなことを言ってるが、高校野球愛好家はどのように思うのだろうか?

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私の上位存在

私的にはなかなか粋なことをするなと感じるのだが、人によっては回りくどいと思われるかもしれない。

この記事を書き、ぐれんのこの記事を読み、和訳詩が書かれたサイトを紹介してくれた方、訳した詩を送ってくれた方のおかげで歌の意味を知ることができたのだが(皆様、ありがとうございます)、それに付随するあほの兄のことをあわせて考えると冒頭のような感想に至ったのである。

兄は、私によく嫌がらせや意地悪(いけず)を日常的にしていたのである。目的や動機は純粋に嫌がらせ。私が怒るのを見て楽しんでいたのである。
その中で私が大切にしているものはいくつも壊され、今ほどの語彙がなかった私は最後には泣いて抗議していたのである。それをニヤニヤしながら屁理屈で弄ぶ兄。親の前ではそれがばれないように小細工をしていた。ちなみに、親はそれを見抜けず『弟思いの優しいお兄ちゃん』と『些細なことに拗れる弟』と言うことになっていた。

今、あの頃よりも語彙が増え、思考力を手に入れた上で例の曲とあほではなく兄のことを思い出すと、必要なことだったことがわかる。私は、この体験のおかげでこういう人たちに関する悪を抱くことができたからである。

だからと言って、家族と和解する気は毛頭ない。それでカルマが生じるとも思わない。
いまだに感情が拗れているのなら、その行動によってカルマが生じたかもしれないが。
家族との和解が必要なことだったとしたら、その課題のクリアが先に延ばされたというだけのことである。
それを広い意味でカルマと呼ぶこともできるとも思うが、それは定義の問題である。
少なくとも私の価値観では。

この程度の物なら、無理に『カルマ』を避けようと家族と和解しようとして生じる歪によって新たに生じる『カルマ』のほうが質が悪いと思う。
どちらを選ぶのが正しいのかはわからないが、これは正しさの問題ではなく選択の問題であると思う。

またまたゴダイゴ

たぶん中学生ぐらいだったと思う。
テレビでゴダイゴが英語の歌を歌っていて、それにくぎ付けになった。
タイトルもわからないし、英語なので何を歌っているのかもわからない。
それでも心にしみるようで、じっと聞き入っていた。

兄がいきなりリモコンであちこちチャンネルを変えて、『面白い番組、無いな』などと言いながらテレビのスイッチを切ってしまった。
『観てたのに!』と言うと、知らなかったとへらへら笑いながら行ってしまった。
どこのチャンネルかわからなかったので探してみたが、探し当てた時には別な歌を歌っていた(確か、『ポートピア博覧会』のテーマソング)。
母親的にはうちの兄は『優しくて弟思いのいいお兄ちゃん』であって、それは母親がそう思い込みたいのか、気違っていたのかわからないが、兄はそういう人なのである。人の行動を邪魔して喜ぶところがある。しかも回りが気付かないようなやり方で。

長年その曲をもう一度聴きたかったのである。
歌詞を知って和訳してその意味を知りたかったのである。
ほぼ、そのためだけに英語をまじめに勉強した様なものである。
その後、その曲のことを諦めて英語の勉強にモチベーションをなくしたため、今では私の英語力は惨憺たるものである。

そんな中、偶然巡り合った。
これである。

現在、和訳歌詞を捜索中であるが、今のところ見つかっていない(自分で和訳する気は全くなし)。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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