ロッド鑑定受け付けます。  9/3更新

『主特性』の鑑定を追加しました(9/3)。

鑑定よりどりセット
1件500円の鑑定をセットでご依頼いただくと、割引価格で鑑定します。セット名とご希望の鑑定をご依頼ください。

◯2件よりどりセット:800 円
◯4件よりどりセット:1500 円
◯6件よりどりセット:2000 円
セットでご依頼いただくのは一人の方に対する鑑定に限らせていただきますので、ご注意ください。
<例>Aさん、Bさん、Cさんについて魂の年齢、役割、目標、モードを鑑定 の場合
4件よりどりセット×3
×6件よりどりセット×2

対象となる鑑定は以下の通りです。
魂の年齢役割目標モード態度主特性意識領域(OSP)、、意識レベル、、新地球/旧地球意識の方向

前世カードの結果の鑑定(7/20追加)
◯1件につき1500 円
まず、カードで示された前世の有無を鑑定します。こちらは無料です。
前世がある場合は、カード結果の鑑定に進むことができます。
詳しくはこちらをご参照ください。

魂の年齢鑑定
魂の年齢、段階と役割、目標、モード、態度(詳しくはこちら)について鑑定します。

◯魂の年齢:1件につき 500 円
 『魂の年齢』と『段階』を鑑定します。
◯役割:1件につき 500 円
 『役割』を鑑定します。
◯目標:1件につき 500 円
 『目標』を鑑定します。
◯モード:1件につき 500 円
 『モード』を鑑定します。
◯態度:1件につき 500 円
 『態度』を鑑定します。
◯主特性:1件につき 500 円
 『主特性』を鑑定します。

夢鑑定
気になる夢の内容をお知らせいただき、その解釈についてロッドで検証します。

◯夢の解釈と検証:1件につき 2000 円
 夢の内容をお聞きし、その解釈およびロッドでの検証を行います
◯夢を解釈した内容の検証:1件につき 1000円
 夢の内容について、ご自身で解釈した結果をロッドで検証します

心の基礎体力と柔軟性
レーダーチャートを希望される方はその旨、明記してください。
(携帯やスマホで表示されるかどうかは保証しかねますのでご了承願います)

◯心の柔軟性鑑定:1件につき 1500円
 柔、軟、留、受の4つのパラメータを鑑定します
 詳しくはこちらをご参照ください(→リンク
○心の基礎体力鑑定:1件につき 2000円
 思、考、忍、耐、解、決の6つのパラメータで心のバランスを鑑定します
 詳しくはこちらをご参照ください(→リンク
基礎体力、柔軟性を同時にご依頼いただくと3000円(500円割引)でお受けします

意識領域、意識レベル、新地球/旧地球 鑑定
○意識領域鑑定(OSP鑑定):1件につき500円
 現在の意識領域(オリオン、シリウス、プレアデス、スマル、枢)を鑑定します
○意識レベル測定:1件につき500円
意識レベルの数値の測定を測定します
○新地球/旧地球鑑定:1件につき500円
 現在の境地が新地球、境界線、旧地球にあるのかを鑑定します。(→リンク
○意識の方向鑑定:1件につき500円
 現在の意識が新地球に向かっているのか、旧地球に向かっているのかを鑑定します。
 (→リンク
◯波動鑑定:1件につき 1500円
 上記の4項目について鑑定します。
 同時に3名以上のご依頼の場合、3人目以降は1件につき1000円でお受けします。
 (例:5名分のご依頼の場合は、1500×2+1000×3=6000円)

盲検鑑定
 こちらの記事をご参照ください:ぐれんの記事『盲検テスト(リンク)』
 選択肢2~5個までの質問を受け付けます。質問は3件以上でお願いします。
 同時に3件以上でも、鑑定結果を受けてメールでやり取りしながら3件以上でも結構です

<鑑定料>
 3件で700円、5件で1000円、以降は1件の追加につき100円
 優先順位(上位3つ)を付ける場合は1件につき、100円追加
<ご依頼に際して>
 選択肢の記号(A~E)とその内容+『その他』を書いたメモをご用意ください
 選択肢の内容については私に知らせないようお願いします

受付を終了した鑑定
○総合鑑定
◯意識レベル10年鑑定
◯パラレル世界鑑定
○魂の年齢 総合鑑定

7/21追記:こっそりメニュー追加
○Orion's Gate読者様向けの裏メニュー
詳しくはこちらの記事の青字部分をご参照ください。

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プロ野球 アジアチャンピオンシップ

テレビをつけたらやってたので何となく見ているのである。
今日は日本対台湾。

台湾の選手には常に魅力のある選手がいる。私にとってであるが。
今は陽 岱鋼が好きであるが、若い頃は郭 源治が好きだった。
余談だが、就職した時にその事業所の野球部に入部したのであるが、その時に購入したのが『郭源治モデル』のグローブであった。
場末の軟式野球であったが、ピッチャーとして郭 源治を目指したものである。
この試合のテレビ中継の解説の一人が郭源治なので、ついつい書いてしまったのである。.

今朝は思いつくままに記事をアップしているのである。

キリがないのでこの辺でやめておこうと思うのである。

好きな小説の一つに宮城谷 昌光の『孟嘗君』という歴史小説があるのだが、前半の主人公である風洪が士大夫であることをやめて商人になる一節がある。日本的に言えば、武士階級を捨てるという事に相当すると言うイメージだと思うのであるが、そのあたりのことが頭の片隅に残っていて、北陸某所に出向する直前に当時の上司と決定的な衝突があり、身の振り方を考えようと真剣に思ったことがあった。
その時に『孟嘗君』のこの部分が思い起こされたのである。

『士を捨てる』という表現から転じて、会社を辞めるという事のサインかもしれない。
『剣を捨てる』とも表現されていたので『剣』→『研』→『研究の仕事』と解釈して、研究の仕事も潮時かという事ではないかとも思った。
よく解らないので、結論を急がず頭を冷やしつつ様子を見ていたのであるが、『明日あたり休みを取って職安でも行ってみようか』などと思って出社したら、朝っぱらから出向の話が飛び込んできたのである。
当時、前職場は『富士山のふもとの事業所』への移転が決まっていたのであるが、できれば北陸某所に来てほしい、とのことであった。

そうか、文字通り『士を捨てる』という事であったのか。
そう気付いたのはついさっきである。
2年以上経過しているのである。
あほである。

新世界

と言っても、大阪の繁華街ではない。
ドボルザークの曲でもない(余談だが、大阪の新世界のJR最寄り駅では列車発車の合図)。
さらには私がそこで神になろうという野望を持っているという事ではない。

今月から新しい仕事が始まったのである。中身は先月までの仕事と同じようなもので、かかわる研究テーマとコラボする部署の担当が変わっただけである。だたし、先月までの相方はかわいい女性社員だったのだが、今回は若手のごっつい男性研究員。大柄な野郎とでっかいおっさんのコンビであり、むさくるしいことこの上ないのである。
若干のテンションの低下はあるものの、新しい世界が始まったような気がするのである。そこでどんなことが待っているのか、今から楽しみである。

何かの飲み会で、例の女性社員は『一夢庵さんのようになりたい』という事を言ったことがあり、『人は自分以外の何者にもなれない。でも人は、心から望めばどんなものにでもなれるものだ。』という意味のことを言ったらしい。酔っ払っていたので、よく覚えていないのではあるが。

言った本人はさっぱり覚えていないのであるが、言われたほうはその意味を理解して自分がどのようになりたいのかをしっかり考えて自分の方法でそれを目指しているようである。その辺の変化を見て、別な若手をぶつけてみようという意図もあるらしい。
できることなら彼女の変化は彼女自身の力によるもので、私の影響力は皆無であることを理解してほしいものである。

さて、この辺の一連の出来事で追い出したのは、十年余り前に江の島の近くにある龍口龍神社でひいたおみくじの言葉である。
この先の自分には何が必要なのかを問うために引いたのであるが、こんなことが書かれていた。

声は消えても、心の底にきいた言葉が生き残る
強く打てば大きく響き、弱く打てば小さくひびく。した事、いうた事、思った事、
よいも、悪いも悉く皆、何者かに影響して、永遠にあとを残す。慎むべきは、
其思い、其行い、其言葉、恐るべきは其影響、其反発である。


十年余りかかって、ようやくその言葉の意味を理解し始めたのであり、とんでもなくのろまなのである。

理解の外

どこにでもあることだと思うのであるが、親会社から子会社に出向して、何の根拠もなく子会社とそこの社員を見下げる人が少なからずいると思うのである。私にはその発想が理解できないのである(おおよその想像はつくのであるが)。
少し前に、前職場でも設備の導入などでお世話になった方がいて、その方も北陸某所に出向していたのである。その方が定年を迎え、雇用延長を辞退されたという事で親会社出身のメンバーでの送別会が開催され、出席した時のことである。隣に座ったのは経理関係の人で上級管理職として出向しているひとである(以下、『勘定奉行』またはさらに略して『奉行』とよぶ)。
その時の会話の一コマを下記に示す。

奉行 『一夢庵さんは、親会社で技術者として活躍されていたそうですが、物足りなくないですか?レベルが低くて。』
拙者 『そう言うことは無いですね。技術的にはこっちが上かも知れません。実際にものづくりにかかわっているので経験値が圧倒的に違いますね。』
奉行 『ふーん。でもこっちの人には危機感がないよね。』
拙者 『そうかもしれませんね。』
奉行 『なんかね、いろんなところでダメなんですよ。』
拙者 『そうすると、私に職場はまだマシなのかもしれませんね。皆さん熱心に勉強されますし・・・』
奉行 『彼らはね、勉強するだけでそれを仕事に活かそうとしないんだよ!』 ←かなり酔っ払っている。
拙者 『そうですか。そこも私の職場では事情が違うようです。なんかラッキーなところに入ったんですね。』
奉行 『そうなの?』 ←私からコップに日本酒をドボドボとお酌されながら若干きょとん。
拙者 『親会社では大企業にいると言う甘えからか、学生時代の研究スタイルのままの人が圧倒的に多いようですが、こっちではプロの研究をするようですね。』 ←ウイスキーをがぶ飲みしつつ
奉行 『へー。』
拙者 『私はこっちの研究スタイルが肌に合います。どっちのレベルが高いのかはよくわかりませんし。見方によってどうとも取れますし。』


勘定奉行にとっては、子会社はそもそもダメなものらしい。乾杯のあいさつでもそのようなことを言ってたが、それは勘定奉行の世界では当たり前のことなのであり、疑う余地のないことである。
さらには、勘定奉行は子会社を見下げているだけで、その他の部分は申し分のない人で、私を含め多くの人に好感を持たれている(子会社の人を含めて)。

どっちの見方が正しいのか、それには答えはないと思うのである。ただただ、互いの価値観が理解の外という事である。

光と闇

光と闇
善と悪
ポジティブとネガティブ

無条件でポジティブが良くてネガティブが悪い。
極論するとそのような思考パターンがメジャーではないかと憶測しているのである。
私はそうではないと思うのであり、どちらも同じぐらいの重さでこの世界には必要なのである。

行きついたのは光は進むべき方向から導くもの。闇はここから先へは進んではいけないと踏みとどまらせる存在。という考え方である。

で、思ったことである。
旧職場で、特にものづくりを視野に入れた状況で重大な問題が発生した時、会議などでああでもないこうでもないと活発に議論が展開されるのではあるが、打開策を提案するものはほぼ皆無である。
私を含めてごくわずかなものがアイデアを出し、優秀な研究員たちが『ここがこうなったらだめじゃないのか?』的なことを言って泥沼にはまるのである。
そのうち私がブチ切れて黙って実験データをとって、可能性を立証することがある。立証できなかった時には集中砲火を浴びるのだが、『ならお前らの誰かがアイデアを出せ!できないならガタガタいうな!』と一喝して会議は葬式のような雰囲気をまとうのである。

さてこの状況を光と闇に置き換えてみると、私は光の役目を負い、彼らは闇の役目を負っているのである。
私は必要なら闇のや梅を負えるのだが、彼らはこの状況の中では光にはなり得ない。これは能力の問題ではなく経験やスキルの問題である。彼らの名誉のために断っておく。彼らは確かに優秀なのだが、自分が優秀である状況とそうではない状況を峻別できていないだけなのである(余談だが、彼らのほとんどは常に自分は優秀である自覚があるのは不思議である)。

私は光も闇も同じぐらいに必要なものだ。そう言うのなら、彼らを徹底的に批判して否定する自分は何なんだろうか?
よく考えてみるべきなのである。

なんか変

台風21号と22号。

なんか変だと思うのである。
台風が勢力を維持するエネルギー源となるのは、十分に高い海面温度である。
暖かい海水の上空にある限り台風は勢力を維持し、十分に海水が暖かければ勢力を拡大する。

台風21号が日本列島に接近したころの海水面温度はあの勢力を維持できるほど暖かくなかったと思うのである。
台風22号についても現状まで成長してそれを維持できる状況ではないと思うのである。

何かがおかしい。

議論

昨日、掃除をしながら、歯医者で治療を受けながら考えてみたのである。

なぜ、碌な議論ができない輩が多いのか。
共通するのは、自分の考えを主張できても他人の主張を聴くことができず理解もできない、という点のように感じる。
議論とは彼らにとって意見を戦わせて『どっちが正しいかを決める言葉の上での殴り合い』なのではないだろうか?

私がイメージする議論とは意見を戦わせながら『両社の良い点を融合できるような結論を目指す』事である。
私が憶測する彼らの議論とは喧嘩とボクシングほどの隔たりがある。
喧嘩は攻撃あるのみだが、ボクシングは元来ディフェンスに極端に偏った格闘技である。相手の攻撃を受け止める能力が問われるものである(私見ではあるが)。

こう考えてみると、サンプルの数と範囲は狭いのだが、前職場での議論の質は納得できるものである。

なんで議論が起きるのだか

昨日の夜に酒を飲みながら晩飯を食いつつネットで徘徊していたらこういうのに行き当たった。

店主が嫌だという事に何の議論の余地があるのか、いまいち理解できない。
私的には店主が嫌だというならそれはやらないというのが客としての礼儀だと思う。
煙が出ないとはいえ、アイコスって所詮はたばこなので十分臭いし、飲食店でやられると食べの野の味が損なわれるのである。
一応、喫煙者が煙に配慮するという歩み寄りは有難いので、四の五の言う気はないがどこでもところかまわずというのはやめて欲しい。所詮はたばこである。
所詮はたばこなので、吸い殻は見た目に汚らしいのであり、そんなものをテーブルに置かれてはたまったものではない。せっかくの飯がまずくなるのである。
臭いとビジュアル、二つの方向から飯の味を損なうような行動について正当な権利はないのである。
自分の権利や主張を押し通したければ自分の部屋で食って欲しいのである。

で、ふと思ったのであるが、こういうことをダラダラ書いている時点で十分に議論に参加しているのである。
要は暇なのである。と言いたいところだが、今日は昼前に歯医者に行かねばならないし、その前に掃除をしなければならないのである。つまるところ現実逃避なのである。

思った事

この記事で思った事。

闘って勝つ事はそれなりに難しいし、最低限の強さが必要。
敢えて『その時に、勝つべきではないことを理解して負けること』を選択するのは強くて勇気がなければできない事。
敢えて『戦わない事』を選択するにはそれ以上の勇気と強さが必要である。

経験的にそう思うのである。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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