ロッド鑑定受け付けます。  7/19更新

『前世カードの結果の鑑定』を追加しました(7/19)。

鑑定よりどりセット
1件500円の鑑定をセットでご依頼いただくと、割引価格で鑑定します。セット名とご希望の鑑定をご依頼ください。

◯2件よりどりセット:800 円
◯4件よりどりセット:1500 円
◯6件よりどりセット:2000 円
セットでご依頼いただくのは一人の方に対する鑑定に限らせていただきますので、ご注意ください。
<例>Aさん、Bさん、Cさんについて魂の年齢、役割、目標、モードを鑑定 の場合
4件よりどりセット×3
×6件よりどりセット×2

対象となる鑑定は以下の通りです。
魂の年齢役割目標モード態度意識領域(OSP)、、意識レベル、、新地球/旧地球意識の方向

前世カードの結果の鑑定(7/20追加)
◯1件につき1500 円
まず、カードで示された前世の有無を鑑定します。こちらは無料です。
前世がある場合は、カード結果の鑑定に進むことができます。
詳しくはこちらをご参照ください。

魂の年齢鑑定
魂の年齢、段階と役割、目標、モード、態度(詳しくはこちら)について鑑定します。

◯魂の年齢:1件につき 500 円
 『魂の年齢』と『段階』を鑑定します。
◯役割:1件につき 500 円
 『役割』を鑑定します。
◯目標:1件につき 500 円
 『目標』を鑑定します。
◯モード:1件につき 500 円
 『モード』を鑑定します。
◯態度:1件につき 500 円
 『態度』を鑑定します。

夢鑑定
気になる夢の内容をお知らせいただき、その解釈についてロッドで検証します。

◯夢の解釈と検証:1件につき 2000 円
 夢の内容をお聞きし、その解釈およびロッドでの検証を行います
◯夢を解釈した内容の検証:1件につき 1000円
 夢の内容について、ご自身で解釈した結果をロッドで検証します

心の基礎体力と柔軟性
レーダーチャートを希望される方はその旨、明記してください。
(携帯やスマホで表示されるかどうかは保証しかねますのでご了承願います)

◯心の柔軟性鑑定:1件につき 1500円
 柔、軟、留、受の4つのパラメータを鑑定します
 詳しくはこちらをご参照ください(→リンク
○心の基礎体力鑑定:1件につき 2000円
 思、考、忍、耐、解、決の6つのパラメータで心のバランスを鑑定します
 詳しくはこちらをご参照ください(→リンク
基礎体力、柔軟性を同時にご依頼いただくと3000円(500円割引)でお受けします

意識領域、意識レベル、新地球/旧地球 鑑定
○意識領域鑑定(OSP鑑定):1件につき500円
 現在の意識領域(オリオン、シリウス、プレアデス、スマル、枢)を鑑定します
○意識レベル測定:1件につき500円
意識レベルの数値の測定を測定します
○新地球/旧地球鑑定:1件につき500円
 現在の境地が新地球、境界線、旧地球にあるのかを鑑定します。(→リンク
○意識の方向鑑定:1件につき500円
 現在の意識が新地球に向かっているのか、旧地球に向かっているのかを鑑定します。
 (→リンク
◯波動鑑定:1件につき 1500円
 上記の4項目について鑑定します。
 同時に3名以上のご依頼の場合、3人目以降は1件につき1000円でお受けします。
 (例:5名分のご依頼の場合は、1500×2+1000×3=6000円)

盲検鑑定
 こちらの記事をご参照ください:ぐれんの記事『盲検テスト(リンク)』
 選択肢2~5個までの質問を受け付けます。質問は3件以上でお願いします。
 同時に3件以上でも、鑑定結果を受けてメールでやり取りしながら3件以上でも結構です

<鑑定料>
 3件で700円、5件で1000円、以降は1件の追加につき100円
 優先順位(上位3つ)を付ける場合は1件につき、100円追加
<ご依頼に際して>
 選択肢の記号(A~E)とその内容+『その他』を書いたメモをご用意ください
 選択肢の内容については私に知らせないようお願いします

受付を終了した鑑定
○総合鑑定
◯意識レベル10年鑑定
◯パラレル世界鑑定
○魂の年齢 総合鑑定

7/21追記:こっそりメニュー追加
○Orion's Gate読者様向けの裏メニュー
詳しくはこちらの記事の青字部分をご参照ください。

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遠い昔の夏と冬  その④

当時、私は親や兄弟に対して心と閉ざしていたので、親父は唯一の心を開いた存在であった。
その後、しばらくして『体を壊したので、店をたたんで療養する』と言ったっきり音信不通となった。



その後、このことを思い出したり、話したりすることは何度かあったが、深く思い出すことは無かった。
この時の悲しみを手放せてはいなかったからだと思う。
今になって、ようやくそれを乗り越えることができたのではないかと思っている。
時間が、深い悲しみをようやく解決してくれたのだろうと思うのである。


古代インドの話だったと思う。
この世で最初の人類はヤマとヤミーと言う男女の双子であった。
その二人から多くの子供が生まれて今に至るそうである。

ヤマとヤミーは幸せに暮らしていたが、ある日ヤマが死んだ。
ヤマは、人類で最初の死者となり、その後の人間に死後の道を開いて冥界の王となったそうである(実は『閻魔』のこと)。
ヤマの死後、ヤミーの悲しみは深く、『今日ヤマが死んでしまった・・・』と嘆き続けていた。
それを憐れに思った神々は、地上に夜を作った。
夜が明けると『昨日ヤマが死んでしまった』、次の夜が明けると『一昨日ヤマが死んでしまった』、次第にヤマの死がヤミーにとって過去のものとなって行った。
ヤミーの心にはヤマを喪った悲しみは消えることはなったが、身を削るような激しい悲しみは去って行ったと言う。



遠い昔、ヤミーの心を救った神々の慈悲は私の心も救ってくれたようである。

<完>

遠い昔の夏と冬  その③

あの子にとっても、思い出がたくさんある場所でもある

そんなことを言ってたのを、その時はさほど印象にとどめてはいなかった。



まだ寒い春のある日、雑貨店の親父から電話があった。

店に来てほしい。話さなければならないことがある。

何の頃かわからず、バイクを飛ばして店に行ってみると親父が一人で座っていた。
『娘が、バイク事故で死んだ・・・』
俯いて、それだけ言った。

『娘って・・・?』
『麻里子』

その後の記憶はほとんど無い。
かなりの時間、そこで立ったまま泣いていたこと、泣きながらバイクで帰ったこと。
それぐらいしか覚えていない。

その後の何年かは、麻里子が居なくなった悲しみと向き合うことが怖くて、ゆっくりものを考える時間ができることが怖くて、とにかく目の前の物事に没頭して過ごした。ハンドボール、勉強、親がやっていた新興宗教にすら没頭した。
そうでもしなければ心が壊れそうであった。

1年経ち、2年が過ぎる頃にはようやく落ち着いていたが、麻里子のことを思い出すと悲しかった。
ときどき、雑貨店の親父と電話で話すことはあった。
親父は若い頃、家族の反対を振り切って家を飛び出して今の仕事を始めたそうである。
麻里子が死んだあと、天涯孤独の身であったそうである。
私を自分の孤独に引き込みたくないと、私には電話をするなと言っていた。
当時、私は親や兄弟に対して心と閉ざしていたので、親父は唯一の心を開いた存在であった。
その後、しばらくして『体を壊したので、店をたたんで療養する』と言ったっきり音信不通となった。


<続く>

遠い昔の夏と冬  その②

夏が終わり、バイトが終わった後も、休日に都合が合えばよく会っていた。
ある日、神戸の片隅にある小さな輸入雑貨店に連れて行かれた。



そこは、麻里子の好きな店で、小さな頃から知っている店であった。
次第に、その店で過ごす時間が長くなり、その店の親父とも親しくなった。
昔、生まれてすぐに息子さんを亡くしたそうで、『息子が大きくなって帰ってきたようだ』と言うこともあった。

次の夏は、麻里子はその店でアルバイトを始めたために、甲子園球場には来なかった。
流石に、バイト帰りの汗臭い汚い格好であの店に行くことは無かったが、休みの日にはよく遊びに行った。

その店の親父は貿易商で、その店は仕事の片手間に半ば趣味でやっているということであった。
そういえば、滅多に客がくることは無かったが、納得であった。
ある日、親父が語ったところによると、その店は親父の奥さんの店で、数年前に奥さんが亡くなってからも手放せずにいて、仕事の傍らで維持してきたそうである。
そろそろ、店をたたもうと思っていたところに麻里子と私が来て、もう少し続けていこうと思ったそうである。

あの子にとっても、思い出がたくさんある場所でもある

そんなことを言ってたのを、その時はさほど印象にとどめてはいなかった。

<続く>

遠い昔の夏と冬  その①

この時期になると思い出す人がいる。

学生の頃、夏はいつも甲子園球場でかき氷の売り子のアルバイトをしていた。
そこで知り合った女の子がいて、すごく気が合うので、バイトが休みの日によく神戸あたりで会っていた。
二人とも50ccバイクに乗っていたので、それで行ける範囲でいろんなところに行った。
たぶん『付き合っている』と言うことになっていたのだろうと思う。

高専の1年だったから、15歳(私は早生まれなのである)の時だと思う。
兄がバイト先に紹介してくれてそこでバイトすることになったのである。
そこは甲子園球場でかき氷を売っている業者で、そこで売り子のバイトをすることになった。
私はトレーニングも兼ねていたので、かなりの数を捌いたと思う。
ほぼ毎日、売り上げのトップ3の賞金をもらっていた。
その結果、毎年夏が近づくと店から電話がかかって来るので、卒業までの5回の夏はそこで働いていた。

最初はプロ野球のナイターで、彼女と出会ったのはその時であった。
店の中でかき氷を作る仕事をしていて、あまり接点は無かった。
ときどき目が合うと笑いかけてくれて、気になる存在であった。
高校野球が始まると、彼女は店には居なかった。
残念に思っていると、後ろから声をかけられた。

今日から売り子をすることにしてん

彼女が友達二人と一緒に売り子のユニフォームを着て笑っていた。
初めて聞いた彼女の声であった。
名前は麻里子と言うそうだ(奇しくも、来世で深くかかわる人と同じ名前;過去記事参照)。
その日から、仕事の合間に一緒に一休みしたり、昼飯を一緒に食べたりして親しくなった。
ときどき、神戸あたりで待ち合わせて遊びに行くようになった。
夏が終わり、バイトが終わった後も、休日に都合が合えばよく会っていた。
ある日、神戸の片隅にある小さな輸入雑貨店に連れて行かれた。

<続く>

私の母

私の母は、時々『念』を飛ばして来るのである。

私は、両親と兄との付き合いにはうんざりなので、連絡を取るのは必要最小限である。
父がそこそこ重篤な病気で、回復の見込みがなく、入退院を繰り返している状況(本人は機嫌よく過ごしている)にあっても、である。
母は、子供のほうから、少なくとも盆暮には連絡をするものだという価値観があり、それをしないと『念』を飛ばして来るのである。
その影響は他愛無いもので、家内との会話の中に『私の両親に関するネタ』の比率が極端に上昇するというものである。
加えて私は多少イライラしやすくなるという程度である。

この盆も例年通り、飛ばしてきていたようであるが、今年は趣が違っていた。
子供の頃に受けた兄の嫌がらせの数々を、何の前触れもなく思いだすのである。
大切にしていたものをかなり壊されていたので、数発殴ってやりたいが、ここからだと手が届かないのが残念である。

思うに、兄が最近両親と距離をとるようになったそうで、私に助けを求めているのかもしれない。
ようやく兄にされたことを理解したから、戻ってきて助けてほしい。などと思っているのではないかと推測している。
だがしかし、私にはそんな筋合いは無いのである。
小さい頃から兄とは何かと差をつけられて、我慢させられ、いろんなものを譲らされてきたのである。
『お兄ちゃんは、大きくなったら親の面倒を見るという苦労をしなければならないから』という理由である。
なら、兄がきちんと面倒をみて、私はその手伝い程度をすれば良いはずである。
損得勘定ではない。
言ったことは必ず実行するということを子供に教え、強いて来たのだから、自らがそれを破るというカルマを作らせないためである。
兄については、良いとこ取りと言うカルマを作らせないためである。
大変親孝行で、兄思いなのである。

などという言い訳をしつつ、今年も実家には顔を出さなかったのである。
そこそこの頻度で親不孝呼ばわりもされるが、知ったことではないのである。
それは定義の問題である。

お盆休みも明日まで・・・

お盆休み中は、ダラダラと過ごしてしまった。
休みが続くと、却って疲れるような気がするのである。
学生の頃は1か月以上の休みがあったので、良く体力が持ったと思ったのであるが、ほとんど部活とアルバイト(肉体労働)で過ごしていた。ほとんど休んではいなかったことに思い当たる。

だがしかし、確実に夏の暑さが堪えるようになっていて、年々それがきつくなっているのが現実である。
若くはないのである。

まともなことを言ってはりますな

私は、個人的にスポーツが好きで、高校生の野球の全国大会は好きである。
だがしかし、高校野球は大嫌いである。
春も夏もお花畑脳の左翼メディアが主催なので、お涙頂戴の美談がうざい。

この記事は、大変まともなことを言ってるが、高校野球愛好家はどのように思うのだろうか?

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私の上位存在

私的にはなかなか粋なことをするなと感じるのだが、人によっては回りくどいと思われるかもしれない。

この記事を書き、ぐれんのこの記事を読み、和訳詩が書かれたサイトを紹介してくれた方、訳した詩を送ってくれた方のおかげで歌の意味を知ることができたのだが(皆様、ありがとうございます)、それに付随するあほの兄のことをあわせて考えると冒頭のような感想に至ったのである。

兄は、私によく嫌がらせや意地悪(いけず)を日常的にしていたのである。目的や動機は純粋に嫌がらせ。私が怒るのを見て楽しんでいたのである。
その中で私が大切にしているものはいくつも壊され、今ほどの語彙がなかった私は最後には泣いて抗議していたのである。それをニヤニヤしながら屁理屈で弄ぶ兄。親の前ではそれがばれないように小細工をしていた。ちなみに、親はそれを見抜けず『弟思いの優しいお兄ちゃん』と『些細なことに拗れる弟』と言うことになっていた。

今、あの頃よりも語彙が増え、思考力を手に入れた上で例の曲とあほではなく兄のことを思い出すと、必要なことだったことがわかる。私は、この体験のおかげでこういう人たちに関する悪を抱くことができたからである。

だからと言って、家族と和解する気は毛頭ない。それでカルマが生じるとも思わない。
いまだに感情が拗れているのなら、その行動によってカルマが生じたかもしれないが。
家族との和解が必要なことだったとしたら、その課題のクリアが先に延ばされたというだけのことである。
それを広い意味でカルマと呼ぶこともできるとも思うが、それは定義の問題である。
少なくとも私の価値観では。

この程度の物なら、無理に『カルマ』を避けようと家族と和解しようとして生じる歪によって新たに生じる『カルマ』のほうが質が悪いと思う。
どちらを選ぶのが正しいのかはわからないが、これは正しさの問題ではなく選択の問題であると思う。

またまたゴダイゴ

たぶん中学生ぐらいだったと思う。
テレビでゴダイゴが英語の歌を歌っていて、それにくぎ付けになった。
タイトルもわからないし、英語なので何を歌っているのかもわからない。
それでも心にしみるようで、じっと聞き入っていた。

兄がいきなりリモコンであちこちチャンネルを変えて、『面白い番組、無いな』などと言いながらテレビのスイッチを切ってしまった。
『観てたのに!』と言うと、知らなかったとへらへら笑いながら行ってしまった。
どこのチャンネルかわからなかったので探してみたが、探し当てた時には別な歌を歌っていた(確か、『ポートピア博覧会』のテーマソング)。
母親的にはうちの兄は『優しくて弟思いのいいお兄ちゃん』であって、それは母親がそう思い込みたいのか、気違っていたのかわからないが、兄はそういう人なのである。人の行動を邪魔して喜ぶところがある。しかも回りが気付かないようなやり方で。

長年その曲をもう一度聴きたかったのである。
歌詞を知って和訳してその意味を知りたかったのである。
ほぼ、そのためだけに英語をまじめに勉強した様なものである。
その後、その曲のことを諦めて英語の勉強にモチベーションをなくしたため、今では私の英語力は惨憺たるものである。

そんな中、偶然巡り合った。
これである。

現在、和訳歌詞を捜索中であるが、今のところ見つかっていない(自分で和訳する気は全くなし)。
プロフィール

一夢庵(M2)不便斎

Author:一夢庵(M2)不便斎
私の目の前の世界は、私が生まれてきた時に私に贈られたものである。
あなたもかつて世界を贈られたからこそ生きているのである。

私の世界は私が作り動かして行くのである。
私の世界の操縦桿を握るのは私だけ。

あなたの世界は?

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